第4話
ノイデル伯爵が興奮して声を荒らげている。ここは私が踏ん張らなくてはならない。
「いえ。わたくしは自分の意志で家を出ましたわ。お母様がいらした時から働く
私の揺るがない瞳にノイデル伯爵が驚いていた。本音を言えば養女になったことはオリビアの意思ではないのかもしれない。オリビアはお祖父様たちに会う前に死を選んだのだから。
オリビアは入水自殺した湖のあるフィゾルド侯爵領へは、ノイデル伯爵家に仕えていた馭者に連れてきてもらった。
その馭者は、オリビアが生まれる前にお母様に助けられてその仕事に
「あのお優しい奥様がお嬢様のお幸せを願わないわけはございません。皆がなぜそれに気が付かないのか、あっしには全くわからないです」
その馭者は常々そう言ってはオリビアを助けていた。
そして、彼が「この家から逃げたほうがいい」とオリビアに言ったことが始まりなのだ。馭者と信用できるメイドと計画をたて、お茶会へ行く途中で馭者の用意した馬車に乗り換えたのだが、馬車にはメイドが用意してくれたお金やアクセサリーがあったおかげだ。
一週間かけてお祖父様の領地へ来くると、旅程でずっとワンピースを着ていたオリビアだった、「お祖父様に会うのだからきれいな姿を見せたいわ」と宿の女将さんにお願いして最後の日はドレスを着せてもらった。
お祖父様の領地屋敷近くの湖まで送ってもらい、お金になるものは全部その馭者にあげた。
「もう八年以上お会いしていないお祖父様お祖母様が、わたくしをどう思いどうなさるのかは想像もつかないわ。だから貴方を連れてはいけない。このお金で許してちょうだいね」
平民の馭者が貴族に睨まれることになれば生きてはいけない。
「わかりました。あっしは、一番近くの町で仕事を探します。困ったことがあったら、商業ギルドに連絡ください」
オリビアと馭者はそれで別れた。馭者はまさかオリビアが思い出の湖での入水自殺を望んでいたなどと考えていない。フィゾルド侯爵夫妻が悪人であったならまた逃がそうと思っていたほどだ。
私がフィゾルド侯爵家に着いて二週間ほどでこの馭者のことを思い出し、お祖父様に頼んでフィゾルド侯爵家で雇ってもらった。王都ではノイデル伯爵に見つかり叱責されるかもしれないので、今も侯爵家の領地の馭者として働いてくれていた。
手助けしてくれたメイドは、それが露呈することなく今でもノイデル伯爵家で仕事を続けられている。いつか呼びたいと思っている。
パーティ会場では、家出がオリビアの意志であったことにショックを受けたノイデル伯爵のギラついた目が少しだけ力を失ったように見えた。
「わたくしは自分の意志で家を出て、自分の意志でお祖父様のフィゾルド侯爵家の養女になることを選びました。この三ヶ月。とても幸せでしたわ」
お祖母様が私の背をそっと触れてくれて、お祖母様と目を合わせて微笑み合う。
ノイデル伯爵の後ろではオリビアの兄ジリーも執事に抑えられていた。
「母上を殺した人殺しがっ! お前に自由な意思など許されるわけがないだろう!
幸せになるなどあってはならないんだっ!」
ジリーが豊かな銀髪を振り乱し、大きな茶色の瞳をこれでもかと広げて喚いている。実の兄が妹に吐いた暴言にまわりは唖然とし、それだけでもオリビアのこれまでの生活の壮絶さを想像させた。
お祖父様は歯を食いしばり、バレルは拳を握りしめて我慢している。
『ここは私に任されているのだ。
私は扇を持つ手に力を入れた。
「そう……。わたくしはそう言われ続けて、実の父親と実の兄に幼い頃から虐げられてきました」
会場中が多少ざわめくが兄の言葉から予想はできていたため、大きな騒ぎにはならない。しかし、あちこちで話が始まる。
「今日のオリビア様はとても健康的でお美しくなられたと思いましたのよ」
「ええ。きっとそれまでは食事もまともにとれていなかったのかもしれませんわね」
「髪も肌もツヤツヤですわね。あのようなお姿を見るのは初めてですわよね」
「伯爵家ではオリビア様にメイドを付けていらっしゃらなかったのではなくて?」
これまでは、オリビアは痩せぎすで顔色が悪く髪もゴワゴワで肌がガサガサな女性だと思われていた。だが、フィゾルド侯爵家での生活で見違えるほどの美女になっている。
お祖母様の指揮の元、毎日のように美容のプロのメイドたちにもみくちゃに……ではなく丹念に磨きあげられている。
「そういえば、いつも古めかしく同じドレスを着ていたな」
「ああ。普通は嫁ぎ先を探すために娘は着飾らせるはずなのにな」
「真夏なのに長袖を着ていることもあったぞ」
「あれは暴力の痕を隠していたのかもしれないな」
どうしてもオリビアも連れて行かねばならないパーティーもあったので、オリビアのことを誰も見ていないということはない。だから今までのオリビアと今日の姿との違いに驚いている招待客は多い。
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