第6話 『クレア・ボヤンス』
食事の用意ができたということで、ボクは車椅子に座らされて廊下を
食堂、というかダイニングに到着すると先ほどまでの完全なる和風なテイストから一変し、洋風形式の空間に長めのテーブルが真ん中に当たり前のように鎮座していた。ランタンと灯篭が壁とテーブルに点々と等間隔で並び、大きな振り子時計と聖母マリアのような銅像、そして大きなパイプオルガンが設置され正に教会のような、もしくはヴァンパイア屋敷のような印象のダイニング。天井まで続く大きな窓の外は木々が立ち並び、さざ波のように新葉が揺れている。草木の隙間から見える空は夕日か朝日かは分からないけど、キレイな赤に近い
「・・・私の傍まで連れてきてちょうだい」
さっきまでは居なかった、いや、気が付かなかっただけかもしれない。ボクが寝ていた和室で現れた着物の女性が、テーブルの奥に座ってボクらを待っていた。古杣さんがボクを連れて女性へと近づいていく。テーブルの下にある両膝の
こちらを向いてはいるが目は開いておらず、頬から首元にかけて『刺青』が施され手の甲にもどこかで見た民族を思わせる刺青がびっしりと描かれていた。幽体だった時の女性は目も開きボクをしっかりと捉えていて、このような墨などは一切なかったの。
「先ほどは突然失礼いたしました。私なりにあなたを見守っていたのですが、誤解があればお許しください」
安らぎを与えるようなか細い声が聞こえ緊張が解けていく。
「・・・ああ、そうね、先に自我を戻しましょう」
古杣さんがボクを抱きかかえてテーブルに仰向けで寝かし、頭を固定する。ボクの上に女性が着物の裾をたくし上げ、マウントポジション、馬乗りの状態になり何やらお祈りのような動作と、聞こえなかったけどぼそぼそと何かを唱えながらボクの額と女性の額を合わせてきた。すると段々とボクは意識がはっきりとしてくると共に、鼓動が早くドキドキしてくる。完全に顔は赤面しているほど火照ってきた。だってこんなにキレイな女性がボクの目の前に、そして唇ももう数ミリ先に行けば口づけ状態になるんじゃないかという、そんな体制なんだもの。
目を瞑ったままの美しい着物の刺青女性は少し顔を離して
「もう・・・大丈夫ですよ」
と、笑顔で迎えてくれた。
で、実際にはこの言葉だけでボクは心の底から安心すると、途端に涙が溢れてきて嗚咽するぐらいに号泣しちゃった。その後も全部を吐き出すように感情を露わにして、ボクが落ち着くまで全てを受け入れてくれた。そんな気がしたの。
ボクの目線、頭上にはマリア像が立ちはだかる様にそびえ立ち、まるでボクらを見守ってくれているようにも見えた。ボクの上に覆いつくす抱擁の温か味は正にマリア・・・いや、着物姿だから卑弥呼様って感じですか?石鹸の匂いのような、というか、そう、赤ちゃんの匂いがした。この世の全てと言っていい『癒し』がこの時、赤ん坊のように包みこんでくれる、そんな状況が無いままにボクが正気を戻したならば、間違いなくこれまでの恐怖と絶望で打ちひしがれ気がフレていたと思う。精神的な意味での「命の恩人」と言える。今でもそう思っているわ。
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