第38歩 企画会議
5分前はまばらだった会議室の席は、気付けば満席になっていた。
今日の会議は部署を問わない企画会議だ。
過去には新商品や新事業、年末のカレンダー、福利厚生、社長室の移動まで決まったことがある。
例え企画として弱くても、磨けば光りそうなアイデアなら、その場でブラッシュアップされて採用になることもある。
そして採用されれば発案者がリーダーとなりチームを率いて行くことになる。
もちろん、すぐに実行できる提案なんかはそこまで大げさではない。
紙コップがもったいないからマイカップにしませんか、なんて意見は直ぐに実行された。
原田は入社5年目で、毎年企画を出している。
イベントを中心にフェスやマルシェのアイデアを出すものの、まだ一度も採用されたことはない。
彼は現在外食部門でアルバイトの人事関係を担当している。
自分を卑下するわけではないが、何となく、地味な仕事、ドラマなら脇役、そんなふうに毎日感じている。
入社一年目、原田は営業だった。
週末に酒宴に招かれ、ゴルフや釣りもこの時に覚えた。
歌うのはうまくはないが、カラオケでは盛り上げ上手だと褒められ、バレンタインには取引先からチョコレートやネクタイをもらった。
しかし二年目、なぜか外食部門に異動になり、半年社員食堂で働いたあと、今の担当になったのだった。
特にミスをしたわけでもなく、うまくやっていたはずなのに。
会議室の中は「主役っぽい」人で溢れている。
自信に満ちて、楽しそうだ。
会議はなかなか楽しかった。
この日ばかりはどんな社員も自分の意見を聞いてもらえる。
「傘立てのそばに、ネームプレートをかけておいて、傘を迷子にしない」
「犬を連れて出社したい」
「今年の社員旅行は海外に」
「アイドルグループを所属させたい」
どんどん出るアイデアに、ああでもないこうでもないとこぞって意見が飛び交い白熱する。
いよいよ原田の番だった。
原田は緊張のため手のひらにじっとりと汗をかいている。
「それでは原田さんお願いします。」と司会の高梨さんが原田を紹介する。
「本日、私が提案するのは、芋フェスです。」
思い切って声を出すと、会場から一斉に視線が集まる。
「皆さん、イモ、お好きですか?私は好きです。フライドポテト、ポテトチップ、ハッシュドポテト、さつまいもチップス、芋ようかん、焼き芋、ふかし芋、芋煮、さつまいもの揚げびたし、山芋のとろろ、山芋キムチ!」
ここまで一気に言ったのち、息を大きく吸い込む。
「他にもたくさんのイモが一度に味わえたら…、幸せだと思いませんか?」
会議室のあちこちから、賛同のため息が聞こえた。
今日のために用意した企画書、そしてスライドショーの出来も完璧だった。
「予算は?」
「採算は?」
「インカのめざめも食べられますか?」
「きたあかりは?」
「とろろはそのまま?とろろごはん?お好み焼き?」
「会場は?」
「人手は?」
いろんな質問も想定内(思いのほか同僚たちがイモの品種に詳しいのには閉口したが)だったので、原田は気分よく答える。
まずまずの手応え。
会議の最後に、採用の決まった企画と、採用するために再度練り直しを求められる企画が発表される。
原田は胃のあたりが熱くなるのを感じた。
これは、今回こそは。
原田は去年発案した手作りマルシェのことを思い出していた。
あの時は準備不足もあり、誰も乗らなかったが今回は違う。
天気が悪かった時の対処法まで用意したのだから、通らないはずがない。
しかし会議が終わるまで、原田の名前が呼ばれることはなかった。
肩を落とす原田。
会議室はなかなか熱が冷めず、お互いの健闘を称え合ったり、次は合同でやろうと誘い合ったり、皆楽しそうだ。
会議室をでてすぐのベンチに座っていた原田は、木下次長に声をかけられた。
「おつかれさん、よかったですよ、芋フェス」
「不採用ですけどね」
憮然とする原田。
木下次長はなおも慰めるように続けた。
「アイデアがいい!楽しくて、みんなやりたかったと思いますよ。」
原田は腹が立った。
じゃあなんで採用されないんだよ。
そこへ朝日課長が食堂スタッフの企画で配られたプレゼン用の揚げパスタを食べながら近づいてきた。
「原田くんさー、やるねー」
どいつもこいつも。
原田は「ありがとうございます」とだけ答える。
もう1人にしてほしい。
木下次長が声を落として聞いてきた。
「原田くん、今日の準備、一人でやった?」
「は?はあ、はい、まあ。」
「使った?AI」
原田は驚いた。
実は生成AIにかなり手伝ってもらっていたのだ。
「発想は良かった。芋フェス、それ自体は原田くんの考えですね?」
「はい」
「不採用だったのは、原田くんがAIを頼りすぎたからですよ。」
「え?何でですか。なんでわかったんですか?」
「文章、それと参照資料の写真、不自然です。AIを使うのは悪くありませんが、今回は原田くんの誠意が伝わりませんでした。」
原田は慌てて資料を見直す。
誤字や脱字はないものの、確かに文章が変だ。
それに開催場所の写真も実際の会場候補とは違う。
事前に確認したときには気付かなかった。
「でもAI使いこなすのかっこいいね、原田くんが営業にいたときも、新しいこと得意だったもんね」
朝日課長が口をモグモグさせながら話す姿を見て、原田はラクダみたいだと思った。
「AIを使ったから、不採用ではなく、今回は原田くん自信が原因だと思いますよ。せっかく外食部門にいるのになんで一人でやろうとしたんですか?」
悔しさの中で、原田の頭にはもう次の企画が生まれようとしていた。
「移動動物園」ポツリとつぶやく。
こうしてはいられない、はやくこの考えをまとめたい。
「次長、課長、ありがとうございます。次、絶対取ります!」
まだ話の途中だった木下次長が面食らっているのも気にせず、原田は飛び出していった。
「なんか漫画みたいな子だね。」
朝日課長がまばたきをしながら原田の背中を見つめている。
「芋フェス、実現してほしいんやけど」
木下次長は、朝日課長の手から揚げパスタを一本抜き取ると、それを食べながらぶらぶらとその場をあとにした。
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