第37話 社長のアイデア
「時代はSNS!企業PRのために動画を撮ろう!」
ある日の定例会議で高らかに社長が宣言したと噂が流れたが、社員たちは誰も気にしなかった。
そういう社長の気まぐれは、必ず、総務の御局様、杉本さんが握りつぶしてくれるからだ。
実際動画の撮影は行われなかったし、社長もそれで気を悪くすることがないようで、2人の関係は未だによくわからないが、何にせよ安心だ。
しかし今回の「クールビズに変わる新しいエコ!ビアードウイーク!」発言に杉本さんが反対しなかったと聞いて社内は騒然となった。
何でも男性社員が髭を剃る時間、水、電気を節約してみようという試みで、内勤のものだけでなく営業まで髭を伸ばして過ごさなければならないのだ。
「もちろん、強制じゃないけどね、やってみてほしいなー」
と、ちょっと控えめに言う社長を前に一部の髭を蓄えている者以外の男性社員は困り果てている。
「杉本さん、なんとか止めてくださいよ。」
総務の新人山下がそう頼んだが、杉本さんはいつもと違い、伏し目がちでおっとりと「でも、社長に意見するなんて、私にはできない」なんて芝居がかった声を出すだけで何もする気はないらしい。
「そんなしおらしい感じ出しても、無理ですよ!」山下は強気に攻めたが、流し目の杉本さんが微笑みかけると次の言葉が出ない。
どうやら御局様は髭がお好きらしい。
そんな声が社内に広まり始めたある月曜日、ビアードウイークは始まった。
週末のうちにコンディションを整えておしゃれヒゲを楽しむ人、青髭の人、産毛しか生えていない人、いろんな髭がビルに入ってくる。
社長もヒョロヒョロとした髭面で満足そうだ。
朝日課長は頬から猫のようなひげを生やしている。
女性社員はクスクス笑うが、彼はさほど気にしていない。
その時、杉本さんが、毛抜きを手に現れた。
「久々の…」鼻の穴が膨らんでいる。
朝日課長は咄嗟にカバンで顔を隠した。
どうやら杉本さんの狙いはこれだったらしい。
「ひげ…ぬきたい」
ジリジリと朝日課長に迫っていく。
杉本さんによると、頬の髭、口角付近の髭、ニキビから生えた髭を抜くのが楽しいらしい。
ポッケから何本も毛抜きを出して、他の人にも勧めている。
「あ、やっぱりこうなったか」
木下次長と経理の御局様大岩さんが声を揃えてその光景を見ている。
木下次長の髭はいつも通りきれいに剃られていた。
その日、何人かの男性社員が杉本さんに髭をまばらに抜かれた。
「すごーく優しい顔で近づいてきて」
「すごーくいいにおいさせて」
「容赦なく」
抜いていったらしいが、意外なことにその一週間、何人かは髭を剃らずにビアードウイークを終えた。
何でも「楽だし、たまにならいいかなー。」
あるいは「杉本さんになら髭、抜かれてもいいかなー。」
とのこと。
ちなみに社長は初日を終えて帰宅したタイミングで娘に「汚な!こんなの通報だよ!」と言われて早々に脱落したのだが…。
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