第23歩 朝日課長のお昼ごはん

ソフトクリーム、ラムネ、牛乳プリン、これは今週月曜から水曜までに朝日課長が食べたお昼ご飯である。

月曜、ソフトクリームを舐めながらスマホにかじりついている朝日課長を妖怪アイス舐めと呼んでいた杉本さんも、さすがに火曜のラムネをポリポリする姿にはコメントできなかったようだ。

心配そうにココアを置き、「飲みなさい」と強い口調で迫っていた。

不思議な事に、朝日課長は食欲がないときはとことん食べないが、生活に支障はまったくない。

むしろ下痢が軽くなるとさえ公言している。

水曜、牛乳プリンを前にした朝日課長の向かいにどっかりと杉本さんが座る。

「体重は?」

「53あると思うけど」

という会話に周りはぎょっとする。

朝日課長の身長は180センチを上回っているからだ。

杉本さんは牛乳プリンを睨みつけている。

「じんこつさいする」

と謎の言葉を吐く。

杉本さんの言葉に反応した朝日課長は、さっとプリンを持ち上げて、「勘弁してよー」

と眉尻を垂れ目と同じ角度まで下げている。

「いい加減、ちゃんと食べなさい」

いつもはなで肩の杉本さんが、心なしかいかり肩で去っていく。

「課長、じんこつさいするってなんですか?」と、無邪気に牧野が話しかけたので、朝日課長は少し思案顔になったあと、説明を始めた。

じんこつさい、とは正式名称を人骨祭といい、学生時代の杉本さんが考案した瓶入りのラムネをすべて粉砕し粉状にし、それを朝日課長に1日で食べきらせるという祭り(遊び)から来ており、それ以来食の細い朝日課長が度を超えて食べない時、危険なほど痩せた時などに開催されて来たのだと。

口を開けば圧の強い毒を帯びた言葉を発する仲間たちの話に対し、「友情っすねー、愛っすねー」と毒にも薬にもならない軽い感想を言う牧野に少しがっかりしつつも、朝日課長は危惧している事態を打ち明ける。

「ボク、明日胃のレントゲンなんだよねー。」

「あ、だから食事控えてたんすか?」

「それは関係なくて、食欲ないだけ。」

「…」

「じゃなくて、明日のお昼、ここでバリウム飲む予定だったんだよねー」

「あー、明日検診カー来る日っすねー」

それはなんかヤバそう、あの人はなにか仕掛けて来そう。と牧野は予感したが、それはそれで面白そうだ。

「人骨祭、楽しみですね」

の一言に、朝日課長は、うなだれるしかなかった。


そして木曜、ゲップをしたら飲み直しと言われ必死の形相でバリウムを飲む朝日課長は、なぜか囲まれて動画を撮られている。

広報の高梨さんによると、健康診断を積極的に受ける模範社員として、朝日課長を取材してはどうかと提案を受けたらしい。

誰からかは分かっているので、悔しい朝日課長はあえてそこを聞かないことにした。

目を白黒させてなんとか一杯飲み干すと、意地でも口を開くまいと荒々しく鼻で息を吐き出す。

社内でも評判の美貌を誇る高梨さんは、朝からの密着レポートのため、無邪気にも朝日課長に健康の秘訣やスマートな体型の維持方法を聞いてきて、あろうことか検尿の尿まで覗こうとした。

これだよ、美人はこういうとこあるんだよ。

と腹も立つけれども鼻の下も伸びる朝日課長に抵抗の術はない。

朝日課長はその日、何とか無事に健康診断を終えたが、午後はぐったりと土気色の顔で過ごし、汗で張り付いた髪が薄毛を強調していることにも気付かず社内報のための写真を好きに撮らせた。


金曜、朝日課長は本当は、今日のお昼を楽しみにしていた。

食堂でホルモン鍋が出る日だったからだ。

キャベツとニンニクは社員のために社長と朝日課長がビルの屋上で育てたし、ニラとショウガは大岩さんが実家で育て、シメ用のうどんは木下次長が打った。

朝から食堂で杉本さんが弟と2人で鍋を仕込んでいる。

しょうゆ味と味噌味、好きな方、もしくは両方。

何日も楽しみにしていたのに、昨日の無理がたたったのか、朝日課長の食欲はどん底だった。

バリウムを出すための下剤のせいか、おなかの調子も悪い。

朝、課長の顔を見た朝日夫人は、「今日は休みなよ」とやたらと優しい声で提案してくれた。

そうだろう、自分でも分かる。

でも負けるわけにはいかないのだ。

電車に揺られ、エレベーターに揺られ、オフィスチェアに揺られた刺激で朝日課長のお腹の中身はすべて出ていったが、それでもなお食欲は戻らない。

いい匂いがしている。

でも食べたくない。

視界の端で杉本さんがホルモン鍋をかき回しながらこちらを見ていることに気づいたけれど、朝日課長は食堂の椅子から立ち上がることもできずに見えない敵と戦っていた。


親友とはありがたいもので、木下次長が湯豆腐と、ホルモン鍋の出汁だけを持ってきてくれる。

「食欲に嫌われたな」

と言いながら白湯を置く。

「残してええから」

と言われて豆腐を食べると、体に温かさが染み渡った。

でもこの味は、

そう、これは杉本さんのお気に入りの豆腐屋の豆腐。こうなることを見越して用意してくれていたのだろう。

友情っすねー、愛っすねー

と、昨日聞いた軽薄な声が頭に蘇る。


豆腐を無心で食べる朝日課長を見つけた牧野が走り寄ってきた。

「課長、今週白いものしか食ってないじゃないっすかー」

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