第24歩 流行
ピンーポンーパンーポーン
と、社内放送が始まった。
他の会社がどうかはしらないが、わたしが入社して5年、弊社での社内放送はほとんどお局様が取り仕切っている。
「本日、社内に、インフルエンザ陽性が1名、先ほど早退していただきました。仮にの話ですが、体調が悪い中、出社する事が、正しいと思っている方がおられる場合は、お話がありますので、今すぐ放送室へ。」お局様その1大岩さんの声。
「体調が悪い中、それでもここへ来たかった方、熱心ですね、すぐ帰ってください。」お局様その2杉本さんの声。
「私は医師のの熊本です。大岩さんに無理やり連れてこられました。あ、えーっと、はい。」と、知らない人の声がして、放送が止まる。
「失礼しました。インフルエンザの流行が始まっています。感染症は自分だけでなく、周囲、家族の健康も損ねます。えーっと、え?オレが?はい。えーっ、体調の悪い方、すぐ帰ってください。」
どういう人脈なのだろう。
「あ、手洗い、うがい、水分補給、睡眠を!」追加で声がして、放送が終わった。
今年の冬はいつもよりインフルエンザが流行る、といわれ、受付のブースには消毒の他に、お手拭き、のど飴、経口補水液が並んでいて必要な人はもらっていいとなっていた。
私は早くから予防接種を受けたし、適度な運動、食事、睡眠に自信があったが、残念ながら罹患した。
せめてリモートワークを、と申し出たが、断られた。
休んで初めて知ったのだが、今年は営業の朝日課長が一人暮らしの社員のために、と、インフルエンザ陽性の社員が休んだ初日、自宅に飲み物と食べ物を運んでいるそうだ。
去年は広報の中川先輩だったが、見た目が良すぎる彼にはヨレヨレの姿を見られたくないという女性社員の声が上がったため、朝日課長になったらしい。
ひどい、けどちょっとわかる。
何とか解熱してから3日、やっと出社が許されたが、社内は閑散としていた。
何でも、どうせ人がいないのだから、無理に回さず休みが取れる人は休もう、という社長のあり得ない提案が通ったらしい。
人が少なく換気も行き届いているので感染リスクも低い事、気軽に休めるので家族の看病ができる事、なんなら温泉で英気を養ってもいいし。などで好評のようだ。
なんて会社なのか、と思う反面、ありがたいとも思う。
社食には「熱血!体温上げ定食」なるものができていた。
社外の人が喜んで食べていたが、いつもならここには私の仲間たちがぎゅうぎゅうなのに、と思うとぽっかり寂しい。
やる気も出ないし、大した仕事もないし、と休憩室を独り占めしつつ、カウンターで缶コーヒーを飲む。もう2本目。
やばい。寂しい。
あ、私、この会社好きなのかも。
その時、
ピンーポンーパンーポーン
と、聞き慣れた音がする。
「出社された皆様、お疲れ様です」で始まったその日の社内放送では、社長に孫が生まれたことから始まり、ここ3日間くらいの社内のニュースが読み上げられた。
「では、必ず、手洗い、うがい」
と杉本さんが締める。
「はい。」誰にも聞こえない返事をした私は立ち上がり、仕事に戻ることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます