第9歩 屋上の自由人
朝日課長の好きなもの、自由と旅行と噂話。
だから有給が取りやすく、出張があり、和気あいあいとした、私語をしても叱られないこの職場が大好きだ。
最近の朝日課長の好きな物が増えた。それは東屋だ。会社のビルの屋上には社長が世話をしている小さな畑があるのだが、その隣の東屋がとても快適らしい。
サッカー雑誌専用の本棚を置き、クッションを持ち込み、天気のいい暇な日は「アイデア出し」と称して入り浸っている。
社長ともそこで「打ち合わせ」をしていて、社食からピザトーストやホットドッグをテイクアウトしてはサッカー観戦をしている。
自由が過ぎる朝日課長は、職場ではのんびりした昼行灯のように思われているが、実は長年営業成績社内トップを誇っている。
入社後すぐにたまたま掴んだ客が大口で、その客からまた大口の客を紹介され、その上他の営業社員が異動になる時の引き継ぎで担当が増えた結果、朝日課長は5年前からほとんどルート営業しかしないのに常に売上1位なのだ。
その上たまに新規顧客を増やしては「もうこれ以上お客さんの名前覚えられないから」と、担当を他の社員に振り分けてしまう。
やる気のなさと気前の良さのバランスは彼の美点と言える。
そしてこの度、朝日課長がまた大きな契約を取ってきた。
なんでも、屋上で採れた野菜をいつもお裾分けしていた上のフロアの会社が引っ越すことになり、仲良くなっていた社長さんに要らない備品をあげると言われ、その流れで引っ越しを手伝い、打ち上げでそこの理事に気に入られてその日のうちに仕事をもらったらしい。
「昔話の人みたいですね」「童話だね」「ファンタジー」
と、社内中がざわついている。
こんな絶対誰にも真似できない再現性の低い営業、あっていいのだろうか。
朝日課長はいつも通りその契約を他の人に振り分けたかったのだが、なにせ先方に個人として気に入られてしまったせいで担当を抜けるわけにはいかなくなってしまった。
しばらくは忙しいらしい朝日課長が屋上に来ないので、社長は東屋で一人寂しそうにしている。
「仕事なんかしないでほしいよ。」
と、社長らしからぬ発言をした社長がゆっくり立ち上がり、トマトを収穫し始めた。
これを冷やして食堂で出せばみんな喜ぶに違いない。
そしたら他の社員たちも、屋上に遊びに来てくれるかもしれない。
畑のナスやキュウリが頼りなく揺れる。
その姿が何となく朝日課長にかさなって、社長は一層寂しくなった。
そこへ、カチャリとドアがあいてひょろっとした朝日課長がなぜか段ボールごとコーヒーを持った姿で現れた。
「これ、隣のビルの警備員さんと仲良くなったらそのひとが会長さんだったんですけど…」と、話し始める朝日課長。
どうやらまた契約を取りそうな社員を前に社長はわが社の安泰を確信していた。
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