第5歩 木下次長はセクシー

「あっははは」と、嘘のように豪快な笑い声がしたので、僕は声の方に目をやった。

木下次長が何人もの部下に囲まれている。

どうやらスマホの中の夏の思い出を皆に見せているらしい。

そこへポコンポコンと通知が鳴る。

なぜか朝日課長の席に座った杉本さんが続けざまに写真を送っているようだ。

僕は密かに杉本さんと木下次長の仲を疑っている。なんなら杉本さんと社長も怪しいし、木下次長と朝日課長だって怪しい。

僕にとっては二人イコールカップル。全ての関係が恋愛に見える。恋愛脳だ。

以前になんでも恋愛で考えすぎると友達に叱られたが、恋愛しない多様性は認めさせられてなんで僕のなんでも恋愛にしたい多様性は認めてもらえないのか納得できない。

どっと場が湧いて、朝日課長がなぜか嬉しそうな顔をする。

賑わいに混ざりに行ってみれば、海パン一丁の朝日課長が満面の笑みで映っていた。

「こんなに露出してるのに全然性的じゃないですね。」と、白田さんの真面目な口調が聞こえて、またみんなが笑った。

え?待って待って、と言いたいが声には出さない。この三人の関係って何?杉本さん、独身なのに家族連れと海に?

あー、恋愛脳の仲間が欲しい!せめて下衆な噂話がしたい!と思いつつも確かに朝日課長の露出に一切の性的な匂いを感じられず、僕の恋愛脳がフリーズしかける。

朝日課長の背中、朝日課長の足、朝日課長の足首のミサンガ、なんのサービスショットなのかわからない写真が続き、そろそろ飽き始めた頃だった。

ポコン、と通知音、木下次長が笑いながらクリックする。何だか白い写真がアップになる。

僕はとっさに体を後ろに向けて深呼吸をした。平静を装ってもう一度写真を見る。

「木下次長、肌綺麗ですね」少し上ずった声で誰かが言う。

ニヤニヤ笑う杉本さんと、その隣にはいつの間にか朝日課長。

木下次長は、着衣だった。水着ではなく、露出も少ない。Tシャツ、半パン、首にタオルを下げている。

でもなんか、なんか、

白い肌。なぜかメガネをしていないので意外と切れ長な目が強調されている。Tシャツがうっすら透けているのはおそらくこの格好で泳いだのだろう。髪も濡れていて、なんか、なんか、凄く…!

これも恋愛脳のせいかもしれない、と思うけれどその後の写真はさほど盛り上がらず、気まずくならないように皆が無理に感想を言っているようにしか聞こえない。

「次長、奥さん美人なんですね」「杉本さん全然映ってないじゃないですかー」「朝日課長、よくこんなに埋まりましたね」

こっそり自席に戻って息を吐くと、同じく輪から離れた白田さんと目が合った。

白田さんがスマホを左右に振って僕を指差す。通知音を消していたが、メッセージが届いていた。


木下次長、性的すぎない?


また目が合う。


僕  過ぎる。なんか、すぎる。


白田  なんで?白いから?


僕  ふくよかさ?


白田  メガネしてないから?眼力?


僕  日差し?


ふたりでやりとりをしていると、杉本さんが部屋を出ていこうとしていた。


「すぎもとさん!」思わず声をかけたが、この気持ちをどう伝えたらいいのかわからない。

白田さんも何か言いたいんだろうけど切り出し方がわからないみたいだ。

「写真、気に入った?」と聞かれたので、とりあえず頷いた。

沈黙

くるっと向き直った杉本さんが部屋を出ていく。

白田さんは悔しそうだ。


白田  共有したい!


僕  わかるーーー!

二人でまたスマホを触り始めたその時、杉本さんがカツカツと音を立てて戻ってきて、僕の耳元で囁いた。

「おばちゃんっぽいからなんか艶めかしかったでしょう?親子でラブシーン見てる気分になるよね」

普段ならドギマギするほどいい匂いがしているのに、何だか力が抜けてぽかんとしてしまう。

白田さんにも聞こえただろうか。

なんて悪い人なんだ、杉本さん。

木下次長はまだ輪の中心にいて、楽しそうに笑うたび体が揺れていた。


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