第2歩 佐々川青年の疎外感
午前10時、佐々川青年は遅めの出勤をした。遅刻ではない。今日は時短勤務の日だからだ。
佐々川青年には持病があり、水曜日だけは10時から16時までの時短勤務となっている。
この制度は佐々川青年採用時に作られた制度だが、介護がある、習い事をしたい、子供が小さいなどの理由で何人かが利用し始めた。
毎日時短は必要ないが、週に1・2回、気兼ねなく早く帰れるのならそれは助かる。となかなか好評だ。
しかし佐々川青年は本心では時短勤務が不満である。
なぜなら水曜日は皆ノー残業デーで、その後飲みに行く事が多いからだ。
もちろん、声は掛けてもらえる。
「体調が良ければおいでよ」「病院が終わったらおいでよ」
体調がいいならみんなと同じように仕事をしてるよ!病院帰りにそんなに元気じゃないんだよ!
そんな事は言えないので、「ありがとうございます」とだけ笑ってこたえるようにしている。
働きやすいのに、もう辞めたい、いっそ冷遇されたい。
そして今日、水曜日。今日は通院のない水曜ではあるが、ここで無理をしたら明日からどうなるか自信がない、今日も時短。
佐々川青年は疎外感を感じつつ朝の挨拶をする。
そこへ木下次長が現れた。
「佐々川くん、今日の終業後、行く?」と、手でビールを飲む仕草。なんでもない動きが妙に臨場感を伴ってそこだけ居酒屋のように見える。
「ありがとうございます。でも、今日は…」言い終わらないうちに、朝日課長の間延びした声がきこえてくる。「お昼はー?」
実を言うと佐々川青年は朝日課長を少し見下している。人がいいだけが取り柄ののんびりしたやる気のない…、悪口がいくらでも出てくる。
そんな朝日課長が、まさか
「お昼、有給1時間を合わせて2時間、フロア全員で、お弁当持ちの人は社食の冷蔵庫に置いてきなよ」
なんて提案をしてくれるなんて。
「佐々川くんは夜、無理でしょ?ランチなら良いでしょ?みんな有給のこってるでしょ?」
甘えるような不安そうな声。木下次長が眉尻を動かしている。「フロア全員か、ま、有給申請は通すけど」
と、言った途端に周囲が続々スマホやパソコンから有給申請を出し始める。
「私も子供いるから夜は無理!」とか、「ランチならお酒なし?助かる!」とか、口々に、少しわざとらしくこちらへ向けて賛成の意を向けてくる。
若い自分が体力を理由に参加できないのを恥じていると、朝日課長は、そして同僚たちも気づいてくれていたのか。
これは計画されていた事なんだろうか。
胸が熱くなる、というのとは少し違っていて、胃がぎゅーっとして、両腕に鳥肌がたつ。
さっきまでの疎外感が薄らいでいく。
佐々川青年はフロアを見渡しながらいい会社に入ったな、と心の底から感じていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます