第3話 『ツンツンツン……デレな、幼なじみ』
「遥灯遅いっ!」
そんな、ツンとした叱咤が飛んできたのは、早朝……とは決して言えない、午前7時45分。
今朝のアクシデントにより、やや家を出る時間が遅くなってしまった俺は、幼なじみとの約束の時間を、15分ほど遅れて学校に到着した。
いや、本当にすまん。と目の前の幼馴染に手を合わせると、彼女は黒い前髪を揺らし、大きめのため息を吐く。
気の強そうなパチリとした瞳でこちらを睨みつけると、
「私言ったよね? もう2人しかいないんだからって。遥灯がいない間、私、ここまで掃除したんだけど」
低い声でそういった。
あぁ、本気で怒ってるわ、これ。
俺はこくりと唾を飲み込むと、後頭部を掻く。
「いや……その……本気で悪かった」
「……はぁ、もういいから。竹箒、そこに立て掛けてあるから、さっさと手伝って」
そう、ため息まじりに言って、俺に背中を向ける。
少し離れたところで再び掃除を始めた彼女を真似するように、俺も掃き掃除を始めた。
『
生まれも育ちも同じ。もちろん、小学校から高校2年生になった現在に至るまでも、同じ学校の制服に袖を通し続け、同じ教科書を開いている。
俺が覚えている限りでは、幼稚園から小学3年生までは男子かと思うぐらいヤンチャで、しかも髪の毛も短かった記憶がある。
しかし、美也子の年齢が10歳を超えた時、彼女は私服でスカートを履き始めた。
それからは勢いがついたように、指数関数的に可愛くなっていった。
併せて、気が強そうなパチリとした目や、綺麗に整った口や鼻、また幼少期から続けていた空手のおかげか、無駄のない体つきもあって、中学に上がると、美也子は学校で一番モテていた。
まぁそうだ、なんせ顔が良くて強くて、何よりも底抜けに人がいいんだ。
男子からだけじゃなくて、女子からもモテるだろう。
だけど、そんな美也子はなんだかんだ、ずっと俺といた気がする。
主に、登下校や授業で班を作ったり、家庭科の調理実習の時には、美也子の顔はすぐ見える位置に絶対にあった。
ほら、中学生になると、やっぱり派閥というものができてくるだろう。
学年どころが学校一モテていたのだから、ウチの彼氏が、が口癖のイケイケの女子や、彼女いた人数二桁のモテ男子と絡めばいいものを。
だが、友達の少ない俺からすると、実はちょっとだけありがたいなんて思っていた。
そして現在は、部員がたった2名の文芸部存続のため、朝のボランティアとして、清掃をしていた。
美也子が広げた大きなビニール袋に、オレンジ色のちりとりで集めた桜の花びらを流し込んでいく。
「ふぅ、やっと終わったな」
俺がそう息をつくと、美也子は呆れたようにため息を吐きながら、ビニール袋の口を縛る。
「もうホント。遥灯が遅れなければ、こんな時間にならなかったのに」
「いや、それに関しては……ほんとに反省してる」
俺はそう苦笑いをすると、校舎正面の花壇に立つ、時計台に目を向ける。
時刻は8時30分。
いつもの終了時刻から見ると、俺が遅刻した分、きっちり15分遅れての終了だった。
いくら今朝の夏海の件があるとは言え、俺が遅れた分の時間が、こんなにも著名的に結果として出てしまっているんだ。
もう言い訳はできないだろう。
むすっと頬を膨らました美也子に、もう一度謝罪をすると、俺は彼女の手に握られていたビニール袋を掴む。
「なんつーか、遅れた分、片つけは俺がやるから」
しかし、いつになく、むすっとした頬が萎まない彼女は、
「……いい。私も一緒にやる」
と、俺の手をビニール袋から離した。
くるりと踵を返し、用具入れへと歩き始めた彼女。
俺は慌てて箒2本を手に取ると、彼女の背中を追いかける。
その後は美也子と無言のまま肩を並べて歩き、用具入れに箒と、まだ容量があるビニール袋を入れて、昇降口へと向かった。
もうある程度の生徒が入ったためか、誰もいない昇降口には二つ分のロッカーを開ける音が妙に響いた。
そして、お互いに上履きを履き終えた時。
「ね……遥灯」
背中から、そんな華奢な声が聞こえて、俺はゆっくりと振り返る。
俺の視界の先で、美也子は後ろに手を回したまま、言葉を続けた。
「あのさ、さっきはなんか感じ悪くて、その……ごめん」
意外な言葉だった。むしろ、昨日深夜遅くまで、情けない電話をしていたのは俺なわけであって。
もうそれに関しては、いくら美也子とはいえ、何を言われても文句は言えないと思っていたから。
「いや……美也子は何も悪くないだろ……つーか、昨日の夜とか、俺、美也子にめっちゃ迷惑かけたし……」
きっと俺も、バツが悪そうな顔をしていたと思う。
何をどうやって言ったらいいのか分からなくて。俺は後頭部を描きながら、「その、俺の方こそ、ごめん」と、言葉をこぼした。
そしてやってきた少しの沈黙は、なんだか妙に居心地が悪かった。
しかし、お互いに視線を逸らしたのち、最初にこの沈黙を切ったのは、
「……あ、あのさ」
俺から視線を逸らし、モジモジとする美也子だった。
さっきから不自然に後ろに回した手を動かしながら、彼女は言葉を続ける。
「その……昨日あんなことがあった後だし、もしかしたら朝ごはん、食べてないんじゃないかなーって思って……その……こ、これっ!」
徐々に語尾が弱まっていったと思ったら、突如声を強めた彼女。
こちらに差し出された彼女の右手には、透明なラップに包まれた、サンドイッチが乗っていた。
綺麗な三角形の断面からは、血色のいいハムやスライスチーズ。それとみずみずしいキャベツが見えており、俺は思わず目を見開く。
「え、これ……俺に?」
すると美也子は、一瞬息を呑んで口早に言う。
「べ、別に、特別遥灯のために作ったって訳じゃなくて、私のお弁当で使ったやつがちょうど賞味期限間近で、そのまま捨てるのが勿体無くて作ってきただけだから」
ほら、はやく受け取って。と視線をロッカーへと向けたまま、更にこちらへと右手を伸ばす彼女。
そんな美也子の姿に、昔から変わらないな。なんて、思わず鼻を鳴らすと、俺は華奢な手からサンドイッチを持ち上げる。
そして、やんわりと頬を赤くした彼女に、
「ありがと。心配してくれて」
そう伝えた。
すると、ハッと息を呑んだ美也子が、こちらに顔を向け、
「ちっ、違うから! 勘違いすんな!」
そう、言い放つと、逃げるように小走りで俺の横を通り過ぎていった。
俺はその背中を眺め、サラサラと彼女の背中で動く髪の毛に、いつも思う。
中学生までトレードマーク的だったポニーテールを、なんで高校入学してすぐに辞めてしまったのだろうか。
……まぁ何はともあれ。
今日も『ツンツンツン』で時々『デレ』な幼馴染であった。
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