第4話 『元カノの髪が短くなった件』

 もちろん学校に来たということは、同じクラスである元カノと、必然的に顔を合わせる事になる。


 俺はあの後、美也子からもらったサンドイッチをもぐもぐしながら、階段を3階まで上がり、教室のドアを開ける。


 もう時刻はホームルーム開始の5分前で、ほぼ全員が集まったクラスには、談笑の声が聞こえていた。


 しかし、ただ一つ。


 いつも教室に入ると、一番最初に目を合わせるはずの麻冬の姿は、どこにもなかった。


 恐らくというか、確実に昨日のことが影響しているのだろう。


 俺は小さくため息を吐くと、一番窓際の席に腰をかける。


 机横のフックにカバンをかけると、俺は右隣の、友達と会話を終えたばかりの美也子の肩を叩いた。


「……っ! な、なに?」


「いや、さっきは手作りサンドイッチありがとう。美味うまかったわ」


 するとその瞬間、俺の声が聞こえていたのだろう。先ほどまで話していた美也子の友達が「手作りサンドイッチ?」とこちらに顔を向けた。


 美也子はあわわ、とそちらに体を向け、身振り手振りを大きくしながら口早に答える。


「あ、あははっ! 手作りサンドイッチのことね! いつも行ってるパン屋さんで今日限定のやつがあったから買ってみたんだけど、私お腹いっぱいで、遥灯にあげたんだぁ〜。決して私の手作りじゃないから!」


「あ、あはは。そうなんだ……」


 と若干、笑顔を引き攣らせながら、自分の席に戻っていた女子生徒。


 てか、なんだよ手作り風って、パン屋の手作りにも、もあるのかよ。


 なんて思っていると、美也子は友達を笑顔で見送り、クルリとこちらに体を向ける。


 その勢いのまま、グイッと顔をこちらに近づけると、


「手作り、とか、美味しかった、とか言わなくていいからっ!」


 そう、小声で言った。


 どこか恥ずかしそうに頬を赤らめる美也子に俺は「いや、でもお礼とか」と言うと、彼女は俺の言葉を遮るように、口を開く。


「お礼は……っ!」


 だが、彼女の言葉が不自然にそこで止まり、俺は思わず首を傾げる。


「お礼は?」


 俺がそう問いかけると、美也子はハッと息をのみ、周りをキョロキョロと見渡す。


 そして、口元を手で隠したまま、そっと綺麗な顔を俺の耳元に近づけると、


「……今度一緒に買い物……付き合ってくれればいいから」


 そう、ボソリとつぶやいて、すぐに元の姿勢に戻る。


 すると、先生が教室に入ってきて、美也子も黒板の方へと体を向ける。


 彼女の横顔は黒い髪の毛に隠れてしまって見えなかったけど。


 髪の毛の隙間から覗く耳は、ほんのりと赤くなっていた。


 ほんと、変なところで素直じゃないんだよなコイツ。


 なんて思いながらも、俺も黒板の方へと体を向けた。


 そして、先生の出席確認は結局、麻冬の席が空席の状態で進められた。


 しかし、その途中。


「あれ、誰か香坂の状況、知ってる人いるか?」


 と、先生自体知らないようなので、きっと欠席の連絡も入れてないのだろう。


 一年生の頃から学級委員長を務め、さらには今年の4月から、進んで生徒会の書記になるなど、真面目であった麻冬らしからぬ行動に、クラスはちょっとざわついた。


「まぁ、もしかしたら欠席の連絡が今入ってるかもしれないし……それじゃ先進めるぞ。次は、坂本……」


 と、先生が言った瞬間、ドアの外からキュッキュッという、上履きの滑り止めの音が速いテンポで聞こえてきて。


 そして、その音が教室の後ろのドアの前で止まると、勢いよくスライドドアが開いた。


 そして俺は、肩で息をする彼女の姿に目を見開いた。


「はぁ……はぁ……遅れ……ました」


「お、おう……香坂。とりあえず出席にしておく」


「……ありがとうございます」


 麻冬は、いつも通り落ち着いた声で返すと、自分の席へと歩いていく。


 大きく素直そうな目に、シャープに整った鼻と、大人っぽい薄い唇。


 まるで、美人と可愛いのちょうど間みたいな、綺麗な顔をした彼女。


 しかし、見慣れたはずの麻冬の姿には、昨日にはなかった違和感があった。


 それは、美也子とも負けず劣らずだった、コーヒーゼリーのようにツヤツヤで長かった黒い髪の毛が、ちょうど肩にかかるか、かからないかぐらいの長さになっていたから。


 髪型としては、きっと夏海のボブに近いのだろうが、ボブほど切り揃えられているわけでは無く、いわゆるミディアムにあたるのだろう。ナチュラルな感じに、毛先がふわりと内側にカーブしていた。


 彼女は歩きながら、前髪を気にしたように触れる。


 その刹那、ふと顔をこちらに向けた麻冬と目が合って。


「「っ!」」


 お互いにすぐ視線を逸らす。


 色々話したいこととか、言いたい事とかあるけど。


 でも、自分でも単純バカだと思うほど、まずは彼女の髪型が、よく似合ってると思ってしまった。


 ほぼ対角線の位置にある、彼女の席へ視線を送ると、華奢な背中は椅子に座る。


 いつも姿勢よく、背筋が伸びている麻冬は、今日はちょっとだけ背中が丸まっているような。


 そんな気がした。





 結局、麻冬とは一言も話すことなく、1日が終わった。


 なんていうか、お互いがお互いに気まずかった、と、いう感覚が正直ある。


 一度昼休みに、購買でバッタリと顔を合わせたのだが。


「「……」」


 俺は彼女を前に、なにも言えないまま。


 そして彼女は彼女で、何も言わないまま、


 お互いにすれ違ってしまった。


 放課後。落胆の気持ちを拭いきれないまま、昇降口で靴に履き替えた俺。


 やや強めの風に目を細めながら、正面の門を目指して歩いた。


 そして、学校の門の外に出た瞬間。


「っ!?」


 突如、俺の右腕に、後ろから誰かが抱き付く。


 それと同時に感じた、柔らかい感触と、どこかで嗅いだ覚えのあるリンゴのような甘い匂いにどきりとして、そちらへと顔を向ける。


 すると、視界の先で、金色の髪の毛先が揺れて。


 さらりとした前髪の向こうで、切長の大人っぽい目が、ふっと細くなる。


 そしてその少女は、腕に抱きついたまま、俺の手に華奢な指を滑り込ませると、

 

「えへへ。おにーさん、つかまえた♪」


 そう、魔性的な表情を浮かべた夏海に、思わずどきりとする俺だった。


 


 


 

 

 


 

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