窮屈

ごちゃごちゃうるせぇよ

『姉の子どもの真白（ピュア）くん(13)は幼なじみの康夫（やすお）くん(13)のことが好き。将来は結婚して娘がほしいと言っているので、私は今の社会を変えるためにがんばります！』

・キラキラネーム読めん、ましろでいいだろ

・ピュアにやすおは名前格差エグいw

・ホモかよ

・同性愛を認めよう、多様性！

・同性婚には権利がないとかおかしいよね

・くん呼び＝男同士の判断は偏見を助長するから全員さん呼びに統一しろ

・いやこれ体は男で心は女の可能性もあるぞ

・体は男で心は女だけど女を抱きたい人もいるし体は女だけど心は男で女が好きな場合も以下略

・この年で娘ほしがる男二人とかロリ性癖確定w

・娘がほしいってことは息子はいらないってこと？　差別ですよね？

・子どもが望めない人もいるのに娘ほしいとか安易な投稿は不適切

・社会を変えるとか声高に言うやつは害悪、当事者は迷惑

・なにを？　がんばるの？　具体的に言えwww

・甥(姪)の個人情報晒すの普通にヤバい

「……っつう炎上投稿を見たんやが、外野がごちゃごちゃうるせぇよ」

「だってピュアもやすおもてめぇの周りにいねぇだろ。知らんやつの話でなんでそんな盛り上がれんの？　てめぇらみんな暇人なんか？」

　私はスマホを眺める。最近よく出てくる、メシテロ太郎という名の覆面配信者のショート動画だ。

　その名の通りひたすら食事をする映像に、別録した自身の淡々とした一人語り音声を被せているというシンプルな動画。事件やネットの炎上騒動などに対して私見を述べる、いわゆる物申す系YouTuberである。

「みんながさぁ、それぞれ自分の周りにいる人に対して、それぞれどうかってその時にまじめに考えれば、トータル平和になるくね？　こんな他人にごちゃごちゃうるせぇクソ暇人ばっかなのに日本人働き過ぎで死んだりしてんの、日本限界すぎやろ」

　今日のメニューは貧乏パスタ。沸かしたオリーブオイルをかけたパスタをレンチンして卵を加えるだけだという。私もやったことがあるが、意外とうまいのだ。

　自室と思しき小汚いキッチンで調理をし、覆面の隙間からズルズルとパスタを啜るだけの動画。再生しながらコメント欄を開くと、ここでも罵詈雑言だった。

『無関心こそ最大の罪』

『達観マウントキター』

『いるよね、こういう自分には関係ないとか嫌なら見るなとかすぐ極論言ってくるやつ』

『こいつ自身社不だからYouTuberやってんだろ』

『喋り方に謎の自信漲ってるかんじキショい』

『今の時代長時間労働など過労死問題は改善されてきてるとおもう時事ネタ扱うならちゃんと知識をアップデートしてください』

「まあ、べつに、うちはまみちゃんだけそばにおったらええけど」

　寝室と思しき部屋に映像が映る。ベッドに積み上がった洗濯物、脱ぎっぱなしのストッキングの上に転がった薄汚れたテディベア。ネームタグにまみと書かれたそれを誰かの手が撫でて遊ぶところで動画は終わった。

　私は動画を閉じた。いい年した社会人がぬいぐるみに名前をつけて溺愛するなんて、同じ大人として恥ずかしくなる。

　これが共感性羞恥というやつ？　いや共感はしていない、私のこれはいたって一般的な普通の感覚なのだから……

「ちょっと！　あんた、なんなのよ！　変態？！」

　現実で甲高いマダムの声がして、私はあやうくスマホを落としそうになった。顔を上げると、恰幅の良いマダムが大ぶりのイヤリングを揺らしながら怒りの形相でのしのしと迫ってくる。

　逃げるように慌てて電車を降りる。『女性専用車両』と書かれていた。私は落胆した。