第14話『希望』

 また始まってしまうのか?




 激しい頭痛の後、大和は再びあの部屋にいた。前回と同じく少年時代の姿で。

 頭痛の余韻こそ残っているが、今回はしっかりと記憶も有り、頭の中もすっきりしている。


 また繰り返すのか? 


 もしかしてずっと『これ』が続いて抜け出せないのか? 


 大和はそんな事を思い少し不安になった。何度繰り返しても同じなのではないのか? 良い策が思いつかない。後味の悪い結末にうんざりしていた。


 上手く回ったと思った歯車は、全く噛み合わずに滑って空回りしていただけだったのか?



 ──ミカちゃん…… ミカちゃんならどうする? 




 家の外で声が聞こえる。恒例のイベントがまた繰り返す。この後、あそこのドアからもう一人の自分が現れるのだろう。


 あっちは何か良いアイデアが見つかったのか? 期待しても疲れるだけか……





 そしてドアが開き現れた男の顔は、自分同様に落胆の色を隠せないようだ。顔を見合わせ思わず苦笑いをする二人の大和ひろかず

 


 そしてまた、外から声が聞こえる。

「聞いてんのか! こら、お前だよ!」



 また繰り返す外からの声を聞くと、気力が失せる。


 何故か、二人の大和ひろかずの頭には『変顔をした眼鏡女子』の顔が浮かんでいた。


 ──どうしたらいいと思う? ミカちゃんなら…… ミカちゃんなら……





 二人の大和は、はっとしてお互いに顔を見合わせる。


 そして、ひろかず(子供)は部屋の窓に、大和(大人)は家の外に走る。



 ──何で気づけなかったんだ。そうだ俺は、俺達は何をやってたんだ!


 やるべきことは……


 正義感の強いミカちゃんなら、きっと……




「おい、てめぇ! 酔っ払い!」窓を開け、ひろかずが叫ぶ。


 ひろかずが窓を開けて外を見た時、酔っ払いの男が葉山悟志に掴み掛かっていた。

 突然の叫び声に、酔っ払いも葉山少年も驚き固まっていた。



 今度は走ってきた大和が、酔っ払いの腰の辺りのベルトを掴んで葉山少年から引き剥がす。


 勢いでよろけて転倒する酔っ払い。呆気にとられた様子の葉山少年。



 四つん這いで逃げるような動きをする酔っ払いを見て大和は、


 ──こんな男のせいで…… こんな惨めな男が歯車を狂わせたのか!


 大和は我慢する事が出来ずに四つん這いの男の臀部でんぶを蹴り上げた! 


 なさけない悲鳴をあげて、突っ伏す。

 ──やり過ぎか? いやいや、足りない位だ!



 大和はふと二階の窓を見上げると、ひろかずと目が合う。そして、お互いに快心の変顔をしてピースサイン。


 葉山悟志は、唖然としている。


「さっさと失せろ! 馬鹿野郎!」二階の窓からひろかずが怒鳴る! そして、ひろかずも家の外へ向かう。



 酔っ払いはよろよろと起き上がり、倒れそうになりながら離れて行った。


 あの様子だと、酔いから覚めても覚えて無いのだろう。この先の未来に起こってしまった不幸の連鎖のきっかけが、こんなどうしようもない男のせいとは……




 

 葉山少年はその場に座り込んで、少し震えていた。大和はゆっくり優しく少年を抱きしめた。


「怖がらないで、大丈夫だから」少年は高校三年生とは思えない程、痩せ細り壊れてしまいそうだった。



「ごめんね。もっと早く気付けてあげられたら…… 

 

 本当にごめん。君は何も悪く無いから、大丈夫だから。ね、心配しなくていいから」


 少年は全身を震わせて泣いている。


 そうだよ。君は生きているんだ。頑張って生きているんだ。泣いていいんだ!

「泣きたい時は泣いていいんだ! 君が生きている意味は必ずあるから。


 今はとても辛いと思う。死にたいと思う事もあるかもしれない。でも君を理解してくれる人が必ず現れるから。

 絶対にその日がくるから。君の笑顔に誰かが幸せを感じる時が……


 お願いだから! この先の未来に、君を待ってる人がいるから!」





 いつの間にか大和は顔をくしゃくしゃにして泣きながら、少年を強く抱きしめていた。

 そしてしゃがみこんで、抱き合う二人の肩に優しく手を添えるひろかずも、同じく泣いている。



「悟志君、顔を上げて」大和が言うと、 



 葉山少年はゆっくりと顔を上げて、二人の大和ひろかずを見る。と、涙顔の少年は少し驚き、少しだけ笑った。


 少年の目に飛び込んで来たもの、それは本日二度目の最上級の変顔で、ピースサインをした子供と大人。


「大丈夫。上手くいくから。」そう言って葉山悟志を見送った。





 ──待ってて、泉さん。葉山悟志を頼みますよ。


 二人の大和は、心の中で思った。

 




 その後、例の如く大和はこの地を離れる。


 葉山悟志が、どんな人生を歩むのかは分からない。こればかりは、本人次第だから…… 

 辛い日々に耐え、あの父親と縁を切り自立出来るまで、高瀬泉という女性と出会う日まで何とか頑張ってくれれば、と大和は願う。



 これで良かったのだろうか?



 結果は分からないが、葉山少年の棘を少しだけ抜いてあげれた気はした。歪な歯車は、今度こそ噛み合って良い方向に回り始めるのだろうか?




 そして今度は自分も大好きな、あの女性ひとに素直な気持ちを伝えたいと思った。


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