第3話 乗り越える筋肉
「いち、にー、さん……」
「お嬢様! またやっているんですか? ダメだって言っているでしょ」
スクワットをしている最中、またあのメイド【リリファ】が入ってきた。
このメイド以外にもこの屋敷にはいるが、どうやらコイツが俺の専属メイドらしく頻繁にやってくる。
ちなみに歳は20だそうだ。
あれから情報を集めた。
俺は屋敷の娘【アイナ=メシア】という12歳の女の体に転生したらしい。
貴族という階級の家らしく、よくわからんが簡単に言うとお金持ちらしい。
そのせいで食べ方から話し方まで文句を言われる。
免疫力が弱くすぐ病気になるため、たまにしかこの屋敷からだしてもらえずこの部屋が生活圏。
一度脱走を試みたがこのメイドに阻まれた。
「そんな事を続けるとこの卵は没収いたしますが、よろしいですか?」
「それは困る」
「では大人しくしていてください」
そして一番衝撃を受けたのはこの世界にプロテインが存在しないこと、これは死活問題である。
あれがなければ筋トレ効果が一気に下がってしまう。
補うため卵をそのまま生で食べたがお腹を下してしまい、かなり説教された。
どうにかしてタンパク質を摂るため茹で卵を常時用意させ、テーブルに置いてもらっている。
ゴールデンタイムである筋トレ30分から1時間の間に食べないといけないからだ。
「わかった」
「あとその言葉遣いはどうしてしまったんですか、きちんとしてください」
「わ、わかりましたわリリファ」
くそめちゃくちゃ恥ずかしいぞ、自分で言って吐きそうだ。
だがタンパク質を死守するためだ、この辱めも耐えてみせよう。
「では失礼致します」
よし、行ったな。
ベッドから降りて再びスクワットの姿勢になる。
「見てますよ」
「あらやだ、していませんわよ」
くっ! やるなこのメイドが。
だが負けん、この肉体に筋肉を、誰にも負けん筋肉を!
♢
――あれから1年。
「お嬢様、今日もお外へ?」
「庭ですわ、少しお散歩よ」
「最近体調がいいからってあまり無理はしないでくださいね」
最初は確かに体調を崩すことがしばしばあった。
しかし半年を過ぎるとめったに崩すことはなくなり、こうして庭ではあるが外出しても文句は言われん様になった。
これも全て筋トレで免疫力が上がったおかげだろう。
気持ち悪い言葉遣いやめんどうな所作にも慣れた。
「わかってますわリリファ。でも大丈夫よ、筋肉がそう言ってるわ」
「意味がわかりませんが、まあいいでしょう」
「ついてこなくていいわよ、忙しいでしょ?」
「わかりました、くれぐれも無理は――」
「わかってますって」
口うるさいメイドを置いて外に出る。
丁寧に一面芝生が敷かれた広大な庭。
石畳の道の先には庭園があり、庭師がせっせと整えている。
そのさらに先には立派な噴水もあり、無駄金があるんだなと感心した。
「よし、走るか」
このひらひらの服では走りにくいが、仕方あるまい。
メイドに見つかりにくい場所まで行き、準備体操をする。
いきなり走っては怪我のリスクがある、しっかりと筋肉を伸ばして備えるのが大切だ。
「誰もおらんな」
周りを確認し、いざ走らん。
ジョギング程度だがやはり外はよい。
風が気持ちよく圧迫感がない。
空の青さは元の世界と変わらず、白い雲がゆっくりと流れていく。
排気ガスといった濁ったものはない、ひたすら澄んだ空気が漂っている。
「いい、実にいい」
筋肉も美味い空気を吸って喜んでいる様だ。
解放、そう解放感だ。
あのうるさいメイドもおらず、ただひたすら己の筋肉と向き合う時間。
「たまらん、たまらんぞ――」
「アイナ! 何をしているのだ!」
しまった、親父にみつかるとは誤算だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます