第1話 転生する筋肉

「おぅ、今日もきたか!」


「よろしく頼む」


「兄ちゃんがいたら楽でいいよ、この筋肉が頼もしい!」


 ある工事現場、そこの監督が俺の三角筋を叩いて笑う。

 俺は中山筋太郎25歳、日雇いのその日暮らしの漢だ。

 主にこういった現場の力仕事をこなし、己の筋肉を磨いている。


「中山! 次これ運んで!」


 この現場はもうお得意様で、こうしてみんな角パイプを束で運ばせてくれる。


「はいよ!」


 両肩に担いで運ぶ、これでは軽すぎるな。


 ♢


「中山、休憩中に何をやっているんだ?」


「もちろん、筋トレだ」


 俺は休憩時間だろうと手は抜かない。

 食事とプロテインを飲んだら筋トレだ。

 筋肉を痛めつけるため現場にある重たそうなものを積み重ね、デッドリフトの要領で頭の上へとあげる。


「すごいな、これ全部で500キロは超えるんじゃないか?」


 うむこれで500か、物足りんな。


「しかしこんだけまとめてやったら危ないぞ、崩れたら死んでしまう。もうやめなさい」


「大丈夫す、これぐらい……あっ――」


 やってしまった、鉄骨が頭の上に落ちる。

 やけにゆっくりで避けれるかもと思うが体もゆっくりしか動かん。

 くそ、もっと鍛えておけばこんな事には――。


 そして脳天に衝撃が一瞬襲い、目の前が暗くなった。


 ♢


「ん? 生きているだと?」


 目を開けると見知らぬ天井だった。

 妙に重たい白い布団に覆われ、寝そべっている。

 嗅ぎ慣れた汗とは違う甘ったるい匂いが鼻腔を刺激しむせてしまった。


「病院か?」


 重たい体を起こしてみるがどうやら病院でもないらしい。


 広い部屋。


 辺りを見ると床は赤いカーペットが敷かれ、壁には一枚の大きな天使の絵画が飾られている。

 部屋の中心には何もない丸い木のテーブルが置かれ、椅子が1つ。

 そして寝ているベッドはかなり大きく枕元にはぬいぐるみ、側の台には青い花が入った花瓶が置かれている。


「なんだこの女々しい部屋は」


 全体的に清潔感が強い部屋に嫌悪感を覚える。


「ん? これは……」


 ふと自分の手を見て絶句する。

 えらく細く白い手、現場で鍛えた分厚く大きな己の手とはにでも似つかない。

 どういうことだ、と体を触ってみる。

 細い、細すぎる、筋肉が根こそぎ無くなっているではないか。

 それに自慢のスキンヘッドにサラサラの白銀の長髪が生えている。


「……なん、だと?」


 そしてこれがトドメとばかりに膨らんだ柔らかい乳房。

 明らかに鍛えた大胸筋とは違う感触をもつそれは俺を絶望に陥れた。

 まさか……慌てて下半身のイチモツを確認する。

 

「女だというのか……」


 自分で言ってみたが、まるで意味がわからない。

 どうなっている、俺の筋肉はどこにいってしまったというのだ。


「とりあえず鍛え直しだな」


 とりあえずベッドから出る。

 考えてもわからん。

 するべきは筋トレのみだ。


 こんなヒョロイのに体が重たい、立ち上がると呼吸が乱れて咳が出た。


 とりあえず、スクワットからだな。

 足を肩幅に開き胸の前で手を組む。

 そのまま床と太ももが並行になるまでお尻を下げていき……くっ、なんてことだ、これだけで太ももが笑ってしまうだと。

 久しぶりに感じるとてつもない負荷に負けじとお尻をゆっくりと元の位置に戻す。


「ハァ、ハァ……」


 まさか1回でこれほど息が乱れるとは……鍛えがいがあるというものだな。

 ひとまず10回だ。


 お尻を下げて、ゆっくりと戻す。

 お尻を下げて、ゆっくりと戻す。

 お尻を下げて、ゆっくりと戻す。


 筋肉が喜んでいる、こんなに筋肉が笑っているのはいつ以来だ。


 お尻を下げて……集中している中、トントンと扉が叩かれる。


「入って良いぞ」


「え? 失礼しま――お、お嬢様あぁぁぁぁー!!!??」


 高尚な筋トレ中に入ってきたヒラヒラした服をした女からでた、えらくうるさい声が部屋に響き渡った。



 

 

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