箱入り娘の箱は壊すな!

カエデネコ

僕の彼女は箱入り娘

「こ、これはなんですか!?」


 驚愕の声がした。台所からだった。立ち尽くしている。さっき、お茶を淹れてくれるというから頼んだんだけど。


「なぜ驚いているんだろう?」


 ヒョコッと顔を出すと、インスタントコーヒーの粉の瓶を持って、手をぷるぷるしている。


「名前の通り、コーヒーだけど?瓶の蓋あけて、匂い嗅いでみた?」


「コーヒーは豆からって決まってます!私のお祖父様のお気に入りのコーヒー豆があって、コロンビア産の物をお取り寄せし……」


 ハイハイと笑って、僕はお湯を沸かして、コーヒーの粉をいれてお湯を注ぐ。日曜日用のドリップコーヒーもあるけれど、平日の朝はギリギリまで寝ていたいから、これで十分。


「どうぞ、飲んでみる?」


「え?あっ、はい……美味しい……」


 思いのほか、素直な彼女にハハッと笑ってしまう。


「きっと僕の淹れ方がうまいんだと思うな。毎朝淹れてるからね」


「そんなの、誰が淹れても一緒よ!」


 僕の冗談に、そうね!というほど単純じゃなかったか〜。


「夜ご飯用に鶏むね肉で鶏ハムを作ってるんだけど……」


「え!?牛肉が良いわ。ローストビーフにしましょうよ。私がお肉買います!」


 彼女は生粋のお嬢様だ。僕はハイハイと言って、蒸していた鶏ハムをスチームオーブンから取り出す。オリーブオイルと塩、黒こしょう、バジルでシンプルに味付けしたものだ。隠し味にはちみつ。


「はい。味見!」


 爪楊枝で端っこを切ってあげる。パクリと食べた。


「なんですって……あなたって名シェフなの!?それとも、この鶏肉が特別なのかしら?」


 ごめん、スーパーで安売りしていた鶏むね肉だけどとは言い出しにくくなった。そして僕の腕なんて関係なく、スチームオーブンのおかげで、僕はボタン押しただけだよ……。


「これなんですの?」


 部屋の隅にあった、コロコロに目がとまったらしい。カーペットのごみ取り用においてあるんだよと言うと、早速試してみている。


「なるほど!ホコリがとれます!すごーくとれてます!コロコロ回って、とれるんですね!なんてすごい発明品なのかしら」


 朝、掃除機を丁寧にかけたんだけどなぁ。でも感動してるから良いか。その反応に笑いをこらえる。


 そんなこんなで彼女は面白い。


 いつだったかお弁当を作ってきましたわ!と休日、草野球チームで試合していた時、全身ブランドのスーツ、手に持ってるのはCHAN◯Lのランチバッグ。みんな、ポカンとしてたっけ。


 後ろには外車の黒塗りの車が停まってる。後から、友人達にあの彼女は何者だよ!?と聞かれまくった。


 マッチ箱みたいな家に住んでいるのねと悪気はないんだけどって、この家に初めて来た時言われたっけ。


 一般市民の僕なんかに構うのはきっと気まぐれなんだろうけど、なぜ僕なんだろう?


 そんな僕の気持ちを見透かしていたのか、コロコロで掃除を終えた彼女は言った。


「箱入り娘の世間知らずの私ですけど、その箱を壊したいと思ってます。どうぞこれからもよろしくお願いします」


 繰り返すけど、なぜ僕なんだろう?


 ピチチと小鳥が一羽、ベランダにとまった。可愛いです!と言って見に行く彼女の家には小鳥どころか血統書付きの犬も猫もいるらしいけど……。


 価値観の違いを乗り越えられるカップルって世の中に何組いるんだろうか?いやいや、そんなこと考えるな。絶対無理だ!王族と平民の結婚くらい無理なんだ!


 箱入り娘の箱は壊しちゃいけない。その箱が、壊れたら、僕はきっと彼女を本気で好きになってしまうから。


 僕は絶対に恋に落ちないぞ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

箱入り娘の箱は壊すな! カエデネコ @nekokaede

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ