第20話 騎士団長ウィルフリードの視点1

 アメリアが好きだ。

 彼女は七歳の時に第一王子ランベルトと婚約した。それでも彼女の雄姿を一番近くで見られるのなら、それ以上の幸せはない。

 王宮傍の青い花畑が咲き誇る場所で、。私にとってアメリアこそが唯一の主人にして、守るべき方。


 ランベルトが使節団と共に隣国に向かった日、アメリアは前世の記憶を思い出したと私の元にやってきた。泣いた顔さえも愛おしくて、助けを求める彼女の言葉が私に力を与えた。

 一対二翼から二対四翼を得た俺は危機一髪でランベルトを救うことができたが──。


「アメリアがそういうなら、私はこのまま行方不明のほうが良いのかもしれない」

「ふざけているのか? 君を連れて帰らなければアメリア嬢が泣くだろう」

「うん。その辺のフォローは任せた。どのみち側室だったマリアローズ様は近々空席だった王妃の座につくことが決定していた。だからどうあっても第二王子のエルバートかスチュワートに王位継承権を与えようと、今後も画策してくるさ。それならこのタイミングで行方不明になったほうが自由に生きられるだろう」

「だが……」

「それにアメリアも未来予知では危険な目に遭うというのなら、いつか恩返しをするために独立して力を得るほうが面白そうだろう?」

「……面白そうだから、か」


 好奇心旺盛なところは昔からあったが、ここまでくると末恐ろしい。結局、アメリアには「救えなかった」と嘘をついて、泣かれてしまった。

 火が付いたように泣いて、ずっと離れなかったのを今でも覚えている。忘れることなど絶対にない。「ウィルフリード様は死なないで」と何度も何度も約束させられた。


 それからアメリアが眠っている間に、大人たちはランベルトの捜索、事故現場の確認などで大騒ぎになった。ランベルトの事情を知っているのは俺の父、ナイトロード公爵の二人だけ。王家がどのように出るか不明だったこと、またマリアローズ様が側室から正室、王妃になるのなら黙っておくほうが良いということになった。


 アメリアは熱で寝込んだせいか、それ以前の記憶が曖昧になっていて「ランベルトを救えなかった」という記憶だけ色濃く残ってしまったようだった。それはアメリアの中にいる何かがアメリアの心が壊れないように、記憶の調整をしているように感じられた。


 それ以降、アメリアは来たる日に備えるため邁進していった。それを傍で支えること、彼女の成長を見続けることが生き甲斐でもあり、楽しみで、幸福の中にいた。


 それが変わったのは、第二王子だったエルバートが王太子となった授与式。本来ならエルバートは片腕と片目を失い、アメリアの妹ローザが亡くなる。

 俺も幾つかの遠征や魔獣討伐で死亡フラグがあったものの、今回の授与式は異常だった。


 空間が歪み、そこから大量の魔獣が出てきたのだから。俺は王家の守護騎士であると同時に、アメリアの盾だ。

 彼女を守り抜くことが全て。

 そう思っていたのに、手が届かなかった。

 あの日、別の空間からアメリアそっくりの塊を見た瞬間に、平行世界の未来を垣間見た。


 アメリアが語った最悪の未来、その象徴。あれを引っ込めるために始祖の力を解放し、退けた。しかし時が経てば、あの未来が今のアメリアを奪いにやってくる。

 考えろ。その未来を変える方法を──。

 記憶を失ったアメリアに頼れない。俺がなんとかしなくては……そう追い詰められていた矢先、夢を見た。



 ***



「ようこそ、時の間へ」


 アメリアそっくりの顔立ちだが、蜂蜜色の長い髪に、緋色の瞳、派手なシャンパンゴールドのドレスを身に纏った彼女は女王にふさわしい気品に満ち溢れていた。

 薔薇が咲く誇る庭園で、彼女は何もない空間からテーブルから椅子、お茶に焼き菓子を出現させた。


「アメリア……ではないな」

「そう身構えるな。我は吸血鬼女王にして神の一柱、ナイトロードだ」

「……っ、アメリアは!?」

「今回は我の力で一時的に引かせたが、アメリアに無茶をさせすぎた。今や魔力が殆どない故、お前の知るアメリアは、しばらくは眠らせておくほうが良いだろう」

「アメリアの記憶は……魔力が回復すれば戻るのか?」

「そう単純なものではない。何より記憶を復活させるには相当量の感情の揺らぎ、衝撃が必要となる。この娘の魂を震わせるような何かがなければ我の力を100パーセント引き出す覚醒と記憶復活は難しい。……それだけ第二王子と妹、そして貴様を死なせないように必死だったのだろう。アメリアが払った代価によって、平行世界とは異なる道筋が生まれたのは良かったが……」


 平行世界、その結末を俺は思い出した。アメリアだった器が死神と邪神、魔王を取り込み魔神として世界を滅ぼしたことを。

 世界を呪い、憎悪を撒き散らすだけの存在。魔神は全ての世界を憎み、滅ぼそうと手を伸ばし、ここが最後の世界となる。


「アメリアとこの世界を救うために、貴様はアメリアと敵対し、殺される覚悟はあるか?」

「それでアメリアが生き残るのなら」

「ふっ、即答だな。剣を捧げるだけのことある。貴様がアメリアを裏切り、一族を仮死状態あるいは瀕死に追いやって、その上でアメリアも死にかけていれば条件は満たされるだろうよ。念のためコレも渡しておこう」

「ガーネットの宝石? いや色がくすんでいるような?」

「アメリアの記憶と魔力そのものだ。これが宝石のような輝きを見せれば、回復していることになる。絶望して我を忘れて暴走状態を抑えるための布石だ。もっておくがよい」

「わかった」


 何とも鬼畜な発言だが、並行世界でアメリアが始祖の力を解放させる条件は、いつだって深い絶望だった。

 理不尽な世界への怒りで、全てを燃やし尽く姿は、小さな子供が泣いているようで見ていられなかった。並行世界での俺は、アメリアと接点が薄かったのもある。


 魔神と拮抗するためにも吸血鬼女王の覚醒は必須。この先、彼女に嫌われても──正直、心が死にそうだが、それでも成し遂げなければならない!

 だが本当に辛い。愛おしくて、大切で、一時も離れたくないのに──。


 宰相と王族の命令で腕輪をつけたが、洗脳にかかることは無かった。というのもそういう類の魔道具、魔法、術式においてアメリアの常時発動術式は、彼女のレベル999を超えるような物でない限り拒否リジェクトされるという。そこは有り難かった。


 だからリリスのことなどどうでもいい。一ミリも興味はない。

 アメリア。

 俺を忘れないように、俺を憎んで、復讐をするために戻ってきてくれるのなら――この上なく幸福だ。

 もし死ぬのならアメリアの傍で、主人のために──。

 記憶を取り戻した彼女は、死ぬことを怒るだろうけれど、俺はそれだけをことをした。


 アメリアは俺を忠義者というが、そんなんじゃない。損得勘定で目的のためなら簡単に誰かを切り捨てることができるクズで、アメリアに対して醜くどす黒い感情しかない。愛などという可愛らしいものでもない。

 こんな歪んだ俺は、アメリアには相応しくないのに、婚約者という立場を是が非でも守り抜く自分が滑稽だった。



 ***



 シナリオ時期より少し早まったが、宰相と叔父であるテオバルトが人外貴族の排除を謳い、行動を起こした。

 都合が良い。これでアメリアを死に追いやる役目を買って出た。

 リリスの言葉に従ったフリは苦痛で、ねっとりとヘドロのような瞳は気持ちが悪い。

 俺の心を揺れ動かすのは、アメリアの瞳だけ。


「ああああああああっ!!」


 絶望の中でも、敵意も、殺意も失わない。むしろ炎のように燃え上がり、俺を睨み付ける。


 愛しています、アメリア。

 愛しています。誰よりも、何よりも!


 常人離れした戦いに、血が沸騰しそうになった。逆境の中、それでも諦めない、逃げない、挑むのが彼女なのだから。でもまだ足りない。俺を倒すぐらい、圧倒して殺すぐらい強くなって戻ってきて欲しい。


 本当はアメリアを罵る後ろ馬鹿二人を切り捨ててもよかったが、それではダメだ。

 貴女を愛しているけれど、並行世界から来る魔神を倒すためにも、貴女を死の淵に追いやる選択肢しか用意できなかった俺を恨んでくれ。

 誰よりも憎んで、怨んで、呪って、怒って、全ての感情を俺にぶつけるために、……どうか戻ってきて。

 俺を「ウィルフリード」と呼んだ、俺の主人。


「でも足りない。こんなものでは私は殺せないぞ、アメリア嬢」


 次に会う時は記憶を取り戻した君であってほしい。その時はもっと苛烈で、血塗れの剣戟ダンスをしよう。

 そのためにも、復讐劇の舞台を用意しなければ。最高の役を演じるためにも、不安要素は今のうちに取り除く。


 並行世界の魔神が、この世界の死神、邪神、魔王を取り込む前に、手を打たなければならない。

 邪神は葬るか、アメリアの味方になっても力を抑えた生活ができなければ、常に魔神に狙われる。ならいっそ有りっ丈の魔法術式を組み合わせて葬ることにした。


 どちらにしても邪神の結界が壊れなければ「王都陥落バッドエンド」の条件は発生しない。


 そう準備をしてきたというのに、実行当日にアメリアが現れたのだから本当に侮れない。

 覚醒した彼女を見た瞬間、駆け寄って抱きしめたい衝動に駆られた。そんなことができる訳ないのに、そう願ってしまう自分が実に滑稽だった。


 もう俺はアメリアから信頼されることも、笑顔を向けられることもない。それだけのことをした──覚悟だってしていたじゃないか!


 声をかけるつもりはなかったのに、気づけば体が動いていた。

 憎悪あるいは侮蔑に満ちた目を向けてくると覚悟していたのに、心底驚いた顔をした後で、アメリアは困った顔で微笑む。

 どうして?


「……剣を捧げる人に再会はできたのかしら?」


 君だ。確かに並行世界では違ったが、この世界では君だけだ。そう叫びたい気持ちを堪え、曖昧に頷く。

 揺るがない信頼に胸が熱くなる。何処までも俺を信じて、理解しようとしてくれるのはアメリア、君だけだ。


 許されない、許されてはいけない。そう思いながらも、また彼女の傍に居たい気持ちが膨らむ。今、彼女の元に戻るのはダメだ。

 俺には、


 早々にその場を去ったけれど、涙で視界が歪んだ。

 憎まれると思っていた。罵倒されるのも覚悟していた。

 でも、君は──。

 次に会った時は王都での殺し合いになるだろうが、最終的にアメリアを守れるのなら──。


「……それでも、俺は果報者だ」

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