第14話 第二王子エルバートの視点2

 テオバルト殿の願い通り、王族に連なる者との契約をした瞬間、天使族の羽根に大きな変化が生じた。天使族の特性である《守護する者》を得たことと、教会権限を駆使した術式により、三対六翼を持つ大天使へと至ったのだ。

 翼の美しさも素晴らしかったが、やはり髪に目がいってしまう。


 あの髪に触れる権利を得るなら、この選択も惜しくはない。

 とはいえ万事上手くいくとは、正直考えていなかった。宰相が不在な今、まずは粛清対象外となる人外の保護を行い、奴隷化リストに入っていた人外貴族も金と権力にものをいわせて、庇護下に加えた。

 恩を売る形で人外貴族をまとめ上げ、貴族という立場は下がるが最底辺の奴隷からは守るよう体裁を整えれば、ヒエラルキーの完成だ。



 ***



 アメリアが亡くなって一カ月が経った頃、何やらきな臭い情報が入ってきた。

 テオバルト殿の思い描いたものとは異なるだろうが、王太子を降りた私が陣頭に立つ気はないし、失敗した時のことを考えるとスチュワートとリリス嬢に全て責任を押し付けられるよう整えておくべきだ。

 私は安全な場所から地位と名誉だけ拝借するほうがいい。


「では矢面に立つのはスチュワート殿下とリリス嬢にすると?」

「ああ、どちらにしてもこの国はしばらく荒れるだろう。そんな面倒事に振り回されたくはないからね。表向きは幽閉されたことにして、国を出るつもりだよ。南の国で面倒事が終わるまでも旅行を楽しんでくる」


 最低限の約束は守ったつもりだが、最初に話したテオバルト殿の夢とは程遠い。これでは髪に触れるという願いは叶わないだろうな。


「……貴方様は私の言った戯言に対して、できるだけ現実的な形で叶えて下さった。それは昔の自分であれば、もっと上を、玉座を──と不遜にも狙ったでしょうが……」

「テオバルト殿?」


 テオバルト殿の目は、出会ったような鋭さはない。どこか吹っ切れたというか、穏やかなものだった。そんな瞳も美しいが、やはり髪が最高だ。


「フッ、こんなに心が満たされるとは思いませんでした。やはり貴方に剣を捧げてよかった。……そして、地位よりも貴方という宝に出会えたことに感謝を」

「それは……嬉しい限りだよ」


 サラサラと美しい髪がすぐそばにあった。いやテオバルト殿が片膝を突いて頭を下げたからのだ。ふわりと靡く髪はなんと滑らかなのだろう。


「南の国には私もお供いたしましょう」

「……は?」

「スチュワート殿の傍に、ウィルフリードを護衛に付けておけば問題ないでしょう。……貴方様は《従属の腕輪》の影響も受けていないようですし」

「王族として、いや昔から命を狙われやすかったので、洗脳系の魔道具には、昔から気をつけている。……というかテオバイト殿も洗脳を受けているようには見えないが?」

「ご推察の通り。私はリリスが召喚した時に誓約書で洗脳や魅了の効果を無効化するよう手を打っていましたからね」


 そういう警戒心の強さ、狡猾さは流石のようだ。とはいえリリスに気づかれる前に、逃げ切らなければな。


「…………お約束通り、髪に好きなだけ触れてくださって構いません」

「す、好きなだけ!? それは些か大盤振る舞いすぎないか? まずは櫛で梳かすところからでも良いか?」

「ふふっ、殿下の思うままに」


 天使族という者は仕える主人がいるだけで、こうも変わるのだろうか。

 ではその主人を守れず失ったらどんな心境なのだろう、とウィルフリードのことを少しだけ憐れに思った。


 第一王子ランベルトに忠誠を誓った矢先、行方不明になり、彼と親しかった幼馴染のアメリアと婚約するも宰相の企みで破棄を迫られて、その婚約者を手にかけるというのだから、何という人生だろうか。


 宰相はウィルフリードに、第一王子の安全を盾にアメリアを切り捨てるように囁き、《従属の腕輪》で縛りつけた。

 君はアメリアが好きではなかったのか?

 それとも壊れてしまったのか?

 アメリアを殺した日の彼を思い出す。血塗れで現れた彼は何処までも平静を保っていた。


「ウィルフリード……君は」


 そう声を掛けずにはいられなかった。だが彼は青紫色の炎が夜空を照らすのを見た瞬間、薄く微笑んだのだ。


「この先が楽しみです。……本当に、楽しみだ」


 誰かに殺されるぐらいなら自分が、といった心境か? 

 それともリリスの魔導具、《操り人形マリオネットの証・プルース》を付けて、箍が外れたか?


 それにしても禁術だった奴隷紋様の改良、洗脳や魅了に特化した魔導具の数々、国王と王妃を素早く無力化して傀儡にする手腕は恐るべき、といったところだ。

 リリス・ダウエル。

 この女こそがアクヤクレイジョウではないか? いや希代の悪女、傾国の美女であっても驚きはしない。


 アメリアが死んで二カ月が経とうとした頃、様々な後処理や対応を終わらせて、何とか南の国に亡命した。

 この時の私は、これで逃げ切ったと浮かれていて気づかなかった──いやそもそも私は彼女を見誤っていたのだ。

 一通の手紙から、私は真の絶望知ることになる。


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