第51話 ショッピングモール《帰宅》

「ほら、早く未来んはここね! そんでちょっとだけ屈んで!」


 未来は訳がわからぬままに機械の中に押し込まれると、ビニールの暖簾で閉鎖された空間の中で妃子と悠里の間に挟まれていた。


 そして、虹花は掛け声と共に未来の背後から自分の顔の位置を未来と合わせるように顔をスッと出した。


 機械の音声がカウントダウンを初め、ゼロのタイミングでパシャリと機械音が鳴った。


「あははは、未来んの顔引き攣ってる! 妃ちゃんと悠里も未来ん気にして目線が未来んだしぃ!」


 先ほど撮られた写真が機械に映し出されたのを確認して、虹花が笑い声を上げた。


「ほら、みんな記念なんだからいつもの学校みたいに自然な笑顔で!」


 2枚目は、やはりプリクラに慣れているのか未来以外の顔は自然で、引き攣っていない。


 プリクラではなく写真でも前回撮ったのは弟の海智の入学式の家族写真位まで遡らないといけない未来は表情を作る事に慣れていなかった。


「ほら、未来ちゃんとしなさい。次くるわよ!」


「日和君、リラックスです!」


 妃子や悠里にも自然にしろと言われるが、女の子にこれだけくっつかれているのは先程の水着の時よりも緊張してしまう。

 学校の並んでお弁当を食べているのとは訳が違うのだ。


「にゃ〜ん。それじゃ、えい!」


 背後から虹花が未来の脇をくすぐった。


「え、な、ふはは!」


 不意をつかれた未来は、体をくねらせて笑ってしまった。


「ほら、もう撮られるよ!」


 未来が抗議の声を上げようとするが、虹花はカメラの方を指差しながら未来に注意を促した。


 一度笑ったおかげか、次の写真は、4人の仲良さそうないい写真を撮ることができた。


「いいじゃん! ほら、文字書こう!」


 その後は、未来は眺めているだけであれよあれやという間に加工が終わってしまった。


「それじゃ、グループに画像は載せるとして、記念に分け分けね」


「うん。あ! 虹花が切るとガタガタになるから私が切るよ!」


 ハサミとプリクラを持った虹花から悠里が奪い取って手際よく切り分けると、そのうちの一つを未来に手渡しす。


「はい。日和君!」


「うん、ありがとう」


 未来はプリクラの写真を受け取って少し見た後、無くさないように大切に財布の中へしまった。


 その後は、もういい時間なので電車に乗って帰る事になる。


 電車の中で4人並んで座っていると、昨日眠れなかったのが応えたのか、電車の振動が心地よかったのか、未来は寝落ちしてしまい、隣に座っていた妃子に寄り掛かってしまった。


「未来! ……もう、ねちゃってる」


「緊張の糸でも切れたんでしょうか?」


「未来んこうやって出かけるのとか慣れてなさそうだもんね。……ねえ、妃ちゃんの事、羨ましいと思ってる?」


「そんな事ないから!」


 未来について話す中、虹花に揶揄われた悠里が否定するように叫んだ。


「しー。悠里、電車の中だし、未来ん起きちゃうかもだからねー」


 虹花が人差し指を顔の前に持ってきて悠里を嗜める。

 その様子を、未来を起こさないように身動きが取れない妃子が苦笑いで見守っている。


 その後は、未来を起こさないように小声で夏休みの旅行の話をしながら、駅に到着するまで電車に揺られるのであった。



 目的の駅まで後一駅になった所で、未来は起こされたのだが、自分が寝てしまっていた事に驚いて、妃子の肩を借りるようにして寝ていた事を妃子に謝罪した。


「妃子先輩、重くなかったですか? すいません!」


「別にいいわよ。これくらい! よだれも付いてないしね!」


「え!」


 未来は妃子の言葉に慌てて口元を拭った。


「だから大丈夫だってば! ほら、駅に着いた。降りるよ!」


「ほら、未来ん早く!」


「はい。これ今日買った物。慌てて置いて行ってはダメですよ」


「あ、高宮さんありがとう」


 慌てた未来は荷物を悠里から受け取り、全員なんとか無事に電車を降りることができた。


 電車を降りた後は、いつものように、未来は妃子や悠里、ついでに虹花を送って行く。


「私さ、今日思ったんだけどさ、悠里に未来ん、そろそろ苗字呼びやめない? 一緒にお出かけしてプリクラたった仲だよ?」


 その道中で、虹花が未来と悠里にそう提案した。


「そうよね。名前で呼んだ方がもっと仲良くなれると思うわ!」


「そうだよ。ほら、悠里、未来ん、say!」


 妃子も同意して2人が喋り出すのを見守っている。


「……未来、君」


 最初に名前を呼んだのは悠里であった。

 未来は男らしくないが、ここまで仲良くなっているとはいえ、過去に振られた経験から、名前で呼んで不快な思いをさせてしまい、この関係が崩れるのではないかと気にしてしまっていた。


「未来君は、名前で呼んでくれないんですか?」


 不安そうに悠里が未来に質問をした。


「悠里…さん」


「はい」


 未来が名前で読んだ事に悠里は柔らかく微笑んで返事をした。


「なんか、私の時とは違うわ。ズルい……」


 初めは無理矢理呼ばせた自覚のある妃子が、小声で羨ましそうに呟いた。


「未来ん、私も名前で呼んでね?」


「虹花さん」


「あれぇ? なんか私の時は軽くない? 気のせい?」


 虹花の事はすんなり呼んだ事に虹花は不満そうである。


 今日のお出かけで、4人の絆はより深いものになったのであった。




 4人の帰る姿を、見ている人物がいた。


 休日に友達を誘おうとも、先日の出来事で避けられるようになってしまい、1人の休日を過ごし、コンビニに飲み物を買いに出てきた井尻であった。


「なんでアイツが! あいつは地味で、目立たなくて、陰キャのモブとして地味に生きる添え物だろう? なんで休みの日に女子と出かけてるんだよ! しかも、可愛い女子と、悠里と!」


 井尻は憤るが、これまで未来にやられた経験からまだギブスを巻いている利き腕を言い訳にして出て行く事はしなかった。


 むしゃくしゃした気持ちのまま、コンビニで飲み物を買い、レジの研修中のバイトの子に「早くしろよ」などとあたるが気は晴れない。


「何見てんだよ!」


 道路の脇で、井尻の方を見ていた猫にイライラをぶつけるように蹴飛ばした。


《腕力強化》のスキルは蹴りに効果がないとはいえ、レベルが上がっている井尻の蹴りは力強く、猫は壁に当たるまで飛ばされてしまった。


 蹴飛ばした時に骨が折れたのか猫は立ち上がれずに「なー、なー」と鳴いている。


 それを見た井尻はフンと鼻をならし、猫を放って家に帰ってしまった。


 その後残された猫はしばらく「なー、なー」と鳴いていたが、急にすくりと立ち上がると、先程まで立てなかったのは嘘かのようにピョンと塀へ飛び乗って、何事もなかったかのように去って行った。


 猫を蹴飛ばしても気持ちの晴れることのなかった井尻はというと、家に帰ってドアを閉める力が強くなってしまい、ちょうど休みで家に居た父親に家が痛むと小言を言われてしまうのであった。





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