第40話 非公式ダンジョンアタック2

 妃子は震える体に鞭を打ってダンジョンの門を潜ってモンスターが出てくる場所までの階段を降りていく。


 隣で階段を降りる井尻真斗と自己紹介された同じ学校の生徒は嬉しそうに張り切った様子である。


 その様子を見て、妃子はなぜ嬉しそうにしているのか分からなかった。


 世界中のダンジョンに足を踏み入れた人間の内帰還者は日本の2人だけ。しかも1人は今だに意識不明の重体だとニュースでながれている。


 帰還者がスキル待ちだったからといって他の国のダンジョン探索者にスキル持ちがいなかったのかなどの情報はまだ出回っていない。


 そんな危険地帯ダンジョンへ行きたいと思うなど理解できなかった。


 妃子の場合、家族を守る為に仕方なくダンジョンへ入るのだ。


 パパやママには必死に止められた。

 自分達が全てを捨てるから、私を守るからって言って。


 でも、そうしたら家族はバラバラになるだろう。


 パパは、自分が狙われていると分かっていて家族をイギリスに連れて行かないだろうから。


 それに、私の家族はパパとママだけではない。

 家で働く人達も家族なのだ。


 私がダンジョンへ入れば、その全てが守れる。



 私に任された仕事はダンジョンの入り口に出るモンスターを倒すのを見守って、自衛隊の2人がスキルを習得できたらそれで終わり。


 階段はモンスターが上がって来れないからそこへ逃げれば安全だと説明されている。


 私は《魔力(回復)》のスキルを持っているが、使い方も分からないと説明したのだけど、ヒーラーが後ろに居るというだけで安心するものだと言われてしまった。


 これが終われば普通の生活に戻れる。

 初めて友達と過ごす楽しい夏休みが待ってるんだから。


 妃子は緊張で喉を鳴らした後、階段から踏み出してダンジョンの中へ足を踏み入れたのであった。



 ダンジョンへ踏み入れてすぐに、モンスターは現れた。


「現れたぞ! こんな見た目でも気を抜くな!」


 部隊長を務める自衛隊員が叫んだ。


 こんな見た目と言われたモンスターは、緑色で子供のような大きさだが、顔がどこか恐ろしく感じる見た目であった。


 小さくとも気を抜くなという事であろう。


 自衛隊員達や妃子がその言葉に緊張した様子で身構え、空気がピリッとする中、一般人の井尻が威勢のいい声を上げた。


「入り口なんて雑魚でしょうよ! こっちは前回と違ってスキル持ち、臆する事はないですよ!」


 ゴブリンの数は先日より少ない5体と数もそこまで多くないので威圧感も感じにくいのか、井尻はゴブリンに向けて突貫した。


「君! 待ちたまえ! クソッ!」


 井尻1人でモンスターの中へ突っ込ませるのはいけないと部隊長が後を追う。


「お前達はその子を守り抜け! 一般人に怪我をさせてはいけない!」


「「了解!」」


 モンスターはまだこちらに向かって来ていないが、残った自衛隊員2人が妃子を守るようにして前を固めた。


 1人で突っ込んでいった井尻は、さすがスキル持ちと言った所かモンスターを1匹持っていた剣で切り伏せた。


「はは、やっぱ俺はすげえんだ!」


 調子にのった様子の井尻に、別のモンスターの剣が振り下ろされている。


「危ない! 横だ!」


「へ? ひぃ!」


 部隊長の言葉に振り向いた井尻は自分に振り下ろされた剣を見て声を上げて慌てて避けようとした。


 しかし、完全には避けきれずに、肩の辺りをほんの少しだけ斬られてしまった。


 斬られたと言ってもカッターで誤って切った程度の物で大したものではない。


 その間に追いついた部隊長が井尻を斬ったモンスターに向けて体当たりするように剣を突き刺すと、動かなくなったモンスターの体を足蹴にして剣を抜いて他のモンスターを倒しに行く。


 井尻も後に続くのかと思いきや、肩の傷を押さえて大慌てである。


「痛い! 欅神楽先輩! 早く回復を! 肩を斬られたぁ!」


 この部隊でヒーラーと紹介された妃子は回復を求められるがやり方が分からない。


「何やってるんですか! こっちは戦って怪我してるんですよ?」


 怪我と言っても命令違反の上で普段なら絆創膏を貼って終わりのような傷である。


 井尻が騒いで妃子を責めていると、井尻の体が光って肩の傷が塞がった。


「やればできるじゃないですか! もっと早くしてくださいよ! ようし、俺ももう1匹!」


「もう終わったぞ」


 傷が治った事で井尻が張り切ってモンスターがいた方を向くと、全てのモンスターを倒し終えた部隊長が戻って来た。


「ええ、もう終わりかよ」


 井尻が残念そうに声を上げるが、部隊長はそれを無視して他の2人の自衛隊員へ呼びかける。


「どうだ? 手に入ったか?」


 部隊長に質問された2人の自衛隊員がステータスを確認した後に首を横に振った。


「そうか……」


 予定ではこれでスキルを手に入れて自衛隊だけで戦う予定であったのだがスキルは手に入らなかったようだ。


 まだ自衛隊員達の知り得ぬ所だが先程のゴブリンにはスキル持ちはおらず、手に入れる機会は無かった。


「私も手に入ったのはもう少しレベルが上がってからだ。次に期待しよう」


 部隊長の言葉に2人の自衛隊員達は頷いた。


「それでは次のモンスターが現れるまでしっかりと作戦を立てるとしよう」


「何言ってるんですか! 奥に進んだ方が良いに決まってるでしょう?」


 部隊長の言葉に井尻が為を唱えた。


「前回よりも深い所まで攻略してスキル持ちで探索する事の成果をもって帰らないといけないんでしょう? 俺もレベルが8も上がりましたし次はもっと上手くやれますよ! 欅神楽先輩の回復も有りますしね。ほら!」


 井尻は得意げに肩の治った傷を部隊長へ見せる。


「我々も和久井さんから同じ命令を受けています。スキルをここで取得するのが理想的でしたが次には手に入るでしょうし、今の相手ならばもっと進んでも良いのではないかと思います」


「なっ!」


 部隊長は絶句した。彼にはそのような命令は伝えられていなかったからだ。


 スキル未取得の自衛隊員にスキルを取得させ、ある程度レベルを上げれば引き上げようと考えていた。


「和久井さんが命令違反にはくれぐれも気をつけるようにと言ってましたよ?」


 井尻は笑顔で和久井からの言葉を部隊長へつたえる。


「……では、準備ができ次第奥へ進む」


 部隊長は、悔しそうな顔をして先に進む事を決断するのであった。

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