第26話 提案
未来が悠里を連れてやって来たのは下校時に妃子を送り届けた欅神楽の屋敷であった。
「日和君、ここって……」
「ここは先輩の家なんだけどちょっと相談したい事があってね」
未来が悠里に説明をしていると屋敷から妃子が門まで歩いてきた。
「ふーん……まぁいいわ。中へ入りましょう」
出迎えてくれた妃子は何か言いたげであったが、悠里の様子を見て何も聞かずに屋敷の中へと案内してくれた。
妃子に連れられて部屋へと移動する途中、家の使用人で妃子の元護衛の黒田が「お茶をお待ちしますか?」と声をかけてくれたが、妃子は少し考えた後に「今はいいわ。必要になったらこっちから呼ぶからパパであっても部屋を覗かせないで」と伝えた。
黒田は悠里の方をチラッと見た後に「かしこまりました」と頭を下げて去っていく。
これが未来と2人きりだったのであれば黒田は了承しなかったのだろうが、上手く空気を読んでくれたようである。
そうして案内された妃子の自室に入るのは未来も初めてであった。
やはり家と同様に未来の家の自室よりも広く、妃子らしいオシャレな部屋である。
「ソファに座って。あ、未来はそっちに座りなさいね!」
説明するには悠里の隣に座った方がしやすいと思うのだが、妃子は対面するソファでもなくテーブルの横にあるオットマンに未来を座らせた。
妃子は悠里の対面のソファに座ったので未来の両隣に妃子と悠里が居る形になる。
「それで、相談って言うのは?」
ここに来るまでの道中に妃子には未来がメッセージアプリで連絡していたので妃子は未来に質問をした。
未来は妃子を送った後の道中で悠里と出会い、起こった事を説明すると妃子は大きなため息を吐いた。
「やっぱりウチの学校の対応はクソね。まぁそのおかげで私が問題なく通えるわけなんだけどさ」
ハラスメントに厳しい世の中になった一方で、学校ではそういった事が起こった場合に隠蔽しようとする事が多くなった。
小学校からハラスメントについての教育が勧められた結果、それが起こった時にどう対処したかではなく未然に防げなかった学校などが世間から叩かれる事になった。
特に中学高校などは長くとも3年間知らぬ存ぜぬで隠蔽し通してしまえば学校のが矢面に立たされるような問題にはならないので、こういった対応をする学校が多い。
勿論バレた場合にはマスコミなどを巻き込み大きな問題になるが、発覚するケースは少ないのが現実である。
未来達の学校もその例に漏れないという事である。
「それで、私の所に来たって事は未来はどうしたいの?」
妃子は未来にどうしたいのかを質問した。
ここに来たという事は頼みたい事があるのだろうと予想していたのだろう。
「とりあえず、妃子先輩と同じように高宮さんも登下校に護衛できたらと思ってます。僕が話を聞くまで気づかなかったように、井尻は学校では何もしてこないみたいですから」
未来の提案は単純な物で、悠里の送り迎えをして守りたいというものであった。
問題の先送りかもしれないが、悠里は安心して登下校できるようになるであろう。
それを聞いた妃子はチラッと悠里を見た後に返事を返す。
「未来は私の護衛だけどその子と一緒にいる事で私に危険が増えるって事はわかってる?」
「それは……」
未来は妃子の言葉に言葉を詰まらせた。
何も起こったことがないので一応の形だけとはいえ未来は妃子の護衛を欅神楽家に頼まれている。
護衛対象を危険に晒すかもしれない行動は慎むべきであろう。
「意地悪だったわね、冗談よ。でも、もしも危険に陥った時に2人とも守り通す覚悟はあるのね?」
「はい! 黒田さんよりも強い暴漢が現れても2人を守り通します!」
「分かったわ。あなたも、それでいい?」
妃子は未来の真剣な顔を見て鼻でため息を吐いた後、未来の提案を受け入れ、悠里にもそれで良いのか確認の質問をした。
「えっと……」
「あなたを守る為に未来が登下校の送り迎えをしてくれるって言ってるのよ。未来に守ってもらったら分かると思うけど未来は強いでしょう? でも、ストーカー被害に遭ってるわけだし、未来も男だから。未来にも家まで送ってもらうのは怖かったら断ってもいいわよ?」
いまいち話が理解できていなさそうな悠里を見て妃子は説明をした。
「いえ、よろしくお願いします!」
悠里は話を理解したのか食い気味に言葉を発した。
「お願いするのは私じゃなくて未来にでしょ?」
「日和君、よろしくお願いします」
「うん。任せて!」
悠里の言葉に未来は元気に返事をする。
「それじゃあ初仕事ね。未来、この子を家まで送ってあげなさい」
そうして話がまとまった後、時間も時間なので妃子は2人を門まで見送って、自分は1人部屋に戻って来た。
妃子はソファではなくベッドに腰掛け、近くにあった枕を抱かえたあと、そのままベッドにパタリと倒れた。
「私って嫌なやつ……」
未来と2人の時間が減るのが嫌で、わざと未来が困る質問をした。
自分も未来の好意に甘えているだけのクセして。
妃子は自己嫌悪でモヤモヤしながら、更に今2人で歩いているであろう未来と悠里を想像して気落ちしてしまう。
「はあ、明日までにはいつもの妃子に戻りなさいよ、私」
妃子の小さな声が広い部屋に虚しく響いたのであった。
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