第15話 朝の一悶着

 色違いのゴブリンとの戦闘で死にかけた日から、未来はダンジョンへ行っていない。


 しかし未来は、自分の成長の為にダンジョンへ行きたいという欲望と、死の恐怖で悩み、葛藤する日々を送っていた。


 そんな未来が学校でいつものように朝から自分の席に付き、窓の外をぼうっと眺めていると、前の席に座る同級生から声をかけられた。


「なにか悩み事?」


 未来はハッとした様子で窓の外から前の席に座る少女の方を向いた。


 声をかけてきた少女の名前は高宮悠里。


 約一月ひとつき程前、未来が告白して玉砕した同級生であった。

 先日行われた席変えで、未来の前の席になっており、これまでなら喜んでいた所だが、気まずく思っていた所である。


 そんな高宮悠里が話しかけてきた事に、未来は鳩が豆鉄砲をくらったように驚いてしまい、口をパクパクとさせるだけで何も言えないでいた。


「どうしてって顔してるけど、後ろの席でずっとため息をされてたら気になるわよ」


「あ、うん。ごめん……」


 悠里の言葉に未来は謝った。

 無意識にため息を吐いていたようである。後ろの席の人がため息ばかりしていたら誰でも気になるだろう。


「それで、何か悩み事?」


 苦情を言って尚、事情を聞いてくれる悠里に未来がやっぱり優しいなと思いながらもダンジョンの事は話せないし、どう話そうかと考えていた時、2人の会話に割り込んでくる同級生が居た。


「何仲良く話しちゃってんの? ありえないでしょ?」


 わざわざ揶揄いに離れた席からやって来たであろう井尻であった。


「席が近いから話しているのがそんなにおかしい事?」


 井尻の嘲笑するような言葉に悠里が反論した。


「だって告白した人と振った人が話すのはおかしいでしょ? お前も、調子乗んなって言ったのにうざいわぁ」


 井尻は自分が正論を話すかのように悠里に話した後、未来にキツい視線で睨んだ。


「別に、ちゃんと話もした事がない人とは付き合えないってだけで嫌いとかじゃなかったんだよ? だから虐めだとかじゃないって言ったよね。それに、日和君が調子に乗るってなに?」


 悠里の言い分に井尻は苛立った顔をした。


「調子乗ってるだろ、目立たない陰キャのクセしてよ。陰キャは陰キャらしく陰に居りゃいいのによ、今回の席替えにしてもだ」


「それって偏見じゃない? 席なんて日和君が頑張っただけで井尻君が前の席なのは努力が足りないからでしょう?」


 未来や悠里の席が教室の後ろなのに対して井尻の席は前から二列目である。

 席替えはテストの点数で行われ、点数の高い人ほど後ろの席に、点数が低ければ前に振り分けられる。

 未来の席が一番後ろの列なのはそれだけテストの点数が良かったという証拠であった。


 今まで井尻と同じ前の席だった未来が最後列になったのはそれだけ勉強を頑張ったのだと言える。実際はダンジョンのお陰で勉強という努力はしてないのだが、ダンジョンのゴブリンを必死に倒していたのがその代わりの努力であろう。


「不思議に思わないのかよ? 前の席からこの席とかおかしいだろ? 不正だよ、カンニング! 高宮の近くの席に来たかったんだろ? 虐め通り越してストーカーじゃね? これはもう犯罪だわ」


「井尻君、証拠も無いのにそんなこと言うのはどうかと思うよ。それが冤罪だとしたらとんでもない事で、それこそ虐めになるんじゃないの?」


 井尻と悠里の言い合いがヒートアップしていくのを、未来は圧倒されながら口を挟めないでいた。

 それに、悠里が自分を庇ってくれている事に喜びを感じていた。


「2人とも〜、声大きすぎ。井尻は僻みみたいでカッコわるいよ〜。それに、目撃者多数!」


 井尻と悠里の言い合いに、未来ではなく悠里の友達の虹花が口を挟んだ。


 その言葉にハッとした様子の井尻が、周りを見渡してクラスメイトに注目されている事に気づいた。

 その後、井尻は舌打ちをして自分の友達に声をかけ、教室の外へ出て行ってしまった。


「日和君、守られてるだけだとモテないよ〜、悠里を落としたかったら日和君が守らないと」


「ちょっと虹花、何言ってんのよ!」


「何って日和君へのアドバイスでしょ?」


 虹花が揶揄うように笑いながら話すと、先程までの殺伐とした雰囲気が霧散していくように感じられる。


「で? 悠里と日和くんはなんの話をしてたの? 2人が話してなかったら井尻は絡んでこないでしょ?」


「なんで私と日和君が話してたら絡んでくるのよ?」


「ああ、鈍感娘だねぇ、悠里ちゃん」


 虹花が笑顔で悠里の頭を撫でる。


「どう言う事よ! ……はぁ、まあいいわ。それで、日和君のため息の理由はなんなの?」


 あからさまに話題を切り替える為に悠里が元々の話の未来のため息について尋ねた。


「あ、大丈夫です。もう解決しましたから」


 未来の窓の外を眺めていた時のどんよりした雰囲気が無くなり、今は晴々とした顔で返事をした。


「そうなの? 大丈夫?」


「おぉ? 一皮剥けたのかな?」


 悠里が首を傾げ、虹花はニヤニヤと未来を見た。


 思春期の男の気持ちとは単純な物で、これまでの成果を認められて、次の目標を与えられれば次へ進むきっかけになる。


 未来は虹花の言葉に背中を押されて守れる男になる為に、恐怖に打ち勝ち、またダンジョンへ行く事を決めたのであった。

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