第14話 色違い

 昼休みが終わり、教室に戻った未来を出迎えたのは突き刺さるような視線であった。


「なあ、あんま調子乗るなって言ったよな?」


「え?」


「さっきのだよ。高宮の次はもう欅神楽先輩ってか?」


 井尻は未来に嫌味な質問をした。

 どうやらクラスの未来を見る視線は妃子の事について気になっていたらしい。


 姫子はギャルっぽいと未来は思っていたが、ハーフ系美人で、未来との関係が気になったのだろう。

 それが気に障ったのか、あれ以来話しかけてこなかった井尻にまた絡まれている訳だけど。


「別に、この前コンビニでちょっとあってそれの事で呼ばれただけだよ」


「嘘つけ! 欅神楽先輩がコンビニに行くわけないだろ」


 すごい決めつけだが嘘は言っていない。


 午後の授業の担当の先生がやって来たので、井尻は未来との話を途中で切り上げて舌打ちしながら席へと戻って行った。


 未来は午後の授業が終わった後は、また絡まれる前に逃げるように下校するのであった。



 学校で井尻に理不尽な理由で絡まれたストレスを発散するように、未来は下校後はダンジョンでゴブリン達を倒し続けていた。


 今回もまた体格のいいホブゴブリンが出現している。

それどころか更に出現確率も上がっており、ゴブリンよりも多く出てくるようになっている。


 そして、モンスターに更に新しい変化が起こった。

 ゴブリンなのだが、今までのゴブリンとは体の色の違う、赤褐色の体のゴブリンが出現した。


 とは言え、体の色以外は特に変わった様子はない。


 武器も普通の剣であるし、見た所動きもこれまでのゴブリンとさほど変わりは無い。


 未来はホブゴブリンの例がある為に警戒はしつつ、慎重に攻撃を仕掛けた。


 スピードは未来に分があり、頭を潰せば一撃で倒す事ができる。


 初めてなので、ゴブリンだからと横着せず、先ずはモンスターの攻撃を潰す為にゴブリンの剣に自分の剣を横薙ぎに撃ちつけて弾き飛ばそうとした。


 ホブゴブリンならばそれで武器を手放してしまう。

 しかし、今回の色違いゴブリンは違った。

 未来の剣が色違いゴブリンの剣に当たった瞬間、まるで色違いゴブリンの剣が熱されており、未来の剣がバターであるかのように切断され、未来は大振りの攻撃を空振りしたように体制を崩してしまった。


 その体制を崩した隙を嘲笑うかのように、色違いゴブリンは未来を攻撃する為、剣を振りかぶって攻撃してきた。


 初めてダンジョンへ来た時のゴブリンように隙のある大振りではなく、最近出現するゴブリンやホブゴブリンと同じような、コンパクトで素早い振りが未来を襲う。


 体制を崩しながらも、未来はこれまでに上がった身体能力を駆使して左手に持った無事な剣で防御しようとするが、先程と同様に色違いゴブリンの攻撃を受け止めた未来の剣は、溶けるかのようにスパッと切られ、防御など無かったかのように剣は未来へと向かってくる。


 終わった。


 身体能力と共に上がった動体視力で未来はそう悟った。


 このまま色違いゴブリンの持つ剣は未来の体を切り裂いて、自分は致命傷を負うのだろう。


 死にたくない。


 未来がそう思った時、色違いゴブリンが持つ剣の動きが、極端に遅くなったように感じた。


 そして未来は、死にたくないという思いのままにがむしゃらに、体制など関係なく、体を無理に動かそうと必死になった。


 人は、脳にリミッターをかけて、普段は10%しか使っていないという。


《火事場の馬鹿力》


 命の危機を感じた時、人は脳のリミッターを解除して驚く程の力を発揮すると言われている。


 未来は、空中で、倒れる体を無理矢理腰を捻って、はじめに切られた利き手右手の剣の残った半分で色違いゴブリンの首を狙った。


 脳のリミッターは10%以上の能力を出すと、その力で体にダメージを負う事を防ぐ為にあるのだと言われている。


 それは正しく、リミッターを外して無理に動かした未来の体の腰や腕からブチブチと筋繊維の千切れる嫌な音が骨を伝って鋭くなった耳へと届く。


 アドレナリンのせいか未来は痛みは感じないものの、怪我をしたのは間違いない事が加速された脳の冷静な部分が理解していた。


 その後も、ゴキリと骨の嫌な音を聞きながらも、リミッターが外れ、普段の何倍もの速度で動いた攻撃は、色違いゴブリンが剣を振り抜くより先に、色違いゴブリンの首を飛ばす事に成功した。


 頭を潰されて、握る力がなくなったようで、色違いゴブリンの手から持っていた剣がすっぽ抜け、未来の頬をかすめながら飛んでいった。


 本来体制を崩していた未来は、着地する余裕などなく地面に倒れた。

 そのあとに、アドレナリンが切れたのか、未来の体に経験したことのないとてつもない痛みが襲ってくる。


「ぁぁ——!」


 未来は、声にならない叫び声を上げた。


 剣を振り抜いた腕は筋肉がボロボロになり、骨も折れている。

 無理に動かした腰も同様で、まるで切断でもされたかのような痛みがあるにもかかわらず、骨と共に脊椎が損傷したのか、下半身に痛みはなく、そして動かなかった。


 色違いゴブリンには勝ったものの、誰もいないダンジョンでこの状況は完全に詰みである。


一定時間すれば新しいモンスターが現れるだろうし、そうでなくともこの痛みは死が近づいている証拠なのだろう。


 しかし、運のいい事に、激しい痛みでそんな事すら考えられないほどに苦しむ未来の体が、光を放った。


 そして光が収まった時、今までの全ての痛みは嘘だったかのように無くなり、体は何事もなく動くようになり、気にしている余裕も無かった頬の傷跡までも全てが治ってしまった。


「レベルアップ……」


 突然起こった事に、未来はそう呟いた。


 これまでにもこうして傷は治ってはいたが、かすり傷程度のものであった。

 ここまで酷い怪我も完治させてしまうレベルアップの効果に、今回は命を救われた。


 呆然とする未来の目の前に、久々のモニターが出現した。


『初めて抗体性免疫こうたいせいめんえきの討伐者

 抗体性免疫から魔力を得ます。

《魔力(物攻)》』


「抗体、魔力……だから剣が効かなかったのか?」


 そのモニターの文章に、色々と考えたいことはあったが、未来は今はここにとどまりたくなかった。


 ダメになった剣を捨て、新しく色違いゴブリンの持っていた剣を拾うと、急いでゲートまで帰る。


 あの剣をも切り裂いた色違いゴブリンの剣の切れ味なら、壁に刺さっていてもおかしく無かったが、色違いゴブリンの手から離れた剣は、刺さる事なく壁にあたって地面に転がっていた。


 命の危機があった恐怖から、帰り道を急ぐ未来からは最初の学校でのムシャクシャした気持ちなど、どうでも良くなっているのであった。



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