第4話 帰宅

 未来は、気が遠くなる程に洞窟を彷徨った後、洞窟の中で光る絵の描かれた床を見つけた。


 光る絵は縁の中に星が描かれたいわゆる魔法陣にのように見え、近づくと久々に目の前に液晶のような画面の文字が出現した。


「ゲート? いや、なんだこれ」


 文字を読み上げ、その文字だけではどこに繋がっているのか分からずに未来は首を傾げた。


 すると、ゲートの文字の下に新たに説明が表示される。


『外への離脱用ゲート。一旦ダンジョン外へ出る事ができ、ダンジョン入場範囲内でゲートインとキーワードを話す事で再びここに来る事ができる。《セーブポイント》』


「やった! 外に出られる!」


 ダンジョン外へ出る事ができる。


 その文字を見て、未来はゲートと表示が出た床へ飛び乗った。

 セーブポイントとかゲームみたいとかはどうでもよかった。

 飛び乗った瞬間、ふわりとした浮遊感と共に目の前の景色が切り替わった。


「外だ……」


 未来の目尻に涙が浮かぶ。

 洞窟を彷徨ってすり減った精神には、見た事のある高台にある公園の景色はとても安心できる物であった。


「眩しい。何日経ったんだろう? お母さんは心配してるかな……」


 未来は、子供の頃から何度も通った公園からの帰り道を一歩一歩踏みしめながらできるだけ早足で家へと帰った。



「ただいま……」



 未来がそう言って自宅の玄関のドアを開けると、ドタドタとリビングから足音が聞こえた。


 まだ外が明るいこの時間は両親共に仕事で、弟は学校の為家には誰も居ないはずである。


「未来!」


「あ、た、ただいま……」


 リビングから走って現れたのは未来の母親で、未来を見た途端目尻に涙を浮かべている。

 しかし、その涙も瞬きを数回して溢れるのを抑えると、未来が帰宅の挨拶をした後に目尻がグッと吊り上がった。


「何がただいまよ! 1週間もどこほっつき歩いてたの! 心配するでしょうが!」


 未来の母親は声を張り上げて未来に叫んだ。


「ごめん。その、ちょっと色々あって……」


 未来は母親の剣幕とこれまでの状況をどう説明していいか分からず、尻すぼみになりながらも謝罪を口にした。

 それを見た未来の母親は鼻白らんだため息を吐いた。


「まあいいわ。無事帰って来たんだもの。大体の様子は担任の先生から聞いてるしね。でも、あんたに告白する勇気があったなんてねぇ? お母さんの時代には告白して玉砕なんて当たり前だったけど、今の時代は生きにくくなったもんよね。ほら、カレーあるわよ、食べなさい。いえ、その前にお風呂ね。服も泥だらけじゃない! 明日までに綺麗にしといてあげるから洗濯カゴに入れときなさい!」


 未来の母親はそう言ってとっととリビングの方へと行ってしまった。


 未来は、色々と聞かれなかった事にホッとした様子で風呂へと向かう。


 服を脱いで、母親に言われた通り洗濯カゴに放り込んだ所で風呂の中から「追い焚きをします」と給湯器の声が聞こえた。

 リビングから母親が沸かしてくれたのだろう。


 浴室に入った未来は、その声を聞いていたのでまずはシャワーで頭と体を洗う事にする。

 母親が言っていた話では1週間たっているようで、その間ずっとあの洞窟を彷徨っていたのだから相当体も汚れており、久しぶりに頭から被るシャワーの温かさが心地いい。


 正直、あの洞窟、ダンジョンでの出来事が衝撃すぎて、その前に悩んでいたフラれたショックとその後に起こる虐め問題の事なんて母の言葉を聞くまですっかり忘れていた。


 頭と体を洗った後、まだ給湯器からは風呂が温まったという知らせはないが、手で触って冷たくはない事を確認して、さっさと湯船に肩まで浸かる。

 設定温度に達していないだけで、熱すぎない温かさが体に染みるような気がした。


 風呂に浸かりながら、これまでの事を思い返す。


 母の反応からして、あの出来事は白昼夢などではなく現実だったのだろう。

 そうでなければ、あの場所で1週間も発見されないわけがない。

 まるで漫画のような話だが、自分はあの洞窟の中で何体も何体もゴブリンを倒して来たようである。


 しかし、こうして家に帰って来れたのだ、もう忘れよう。


 未来は考え事を振り払うように湯船のお湯で勢いよく顔を洗うと、湯船から立ち上がった。

 ちょうどそのタイミングで給湯器から追い焚きが終わった音楽が流れるが、既に体は十分に温まったので風呂から上がって着替えの服を着た後、リビングへと向かった。


「あんた、今追い焚き終わったところでしょう?」


「十分温ったまったって」


「そう? まあいいわ。はい、カレーね」


 母親がテーブルにカレーを置いてくれたので、未来は冷蔵庫でお茶を入れてテーブルに座り、カレーを食べ始める。


 1週間もあの洞窟に居たのに腹が減って無かった事がおかしかったのだと内臓が訴えるように、カレーとよく冷えたお茶が五臓六腑に染み渡るような感覚があった。


「……なに?」


「別になんでもないわ。……美味しい?」


「まあ、うん。美味いよ」


「そう」


 未来の母親は未来の対面に座って食べる所を嬉しそうに見ている。


 未来は見られながらの食事に少し居心地悪く感じながらも、久々の食事母の味を楽しむのであった。

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