第31話 熟成した実
小鳥が囀りだすより少し早い、窓の外が少し明るんできた頃、自然と目が覚めたのだが頬に痛みがあった。
昨日の内に誰かに殴られた訳でもないし、酒を飲みすぎてやらかした覚えもない。
原因はすぐさま判明する。
それは俺の胸元に放り投げられた足。それを払い除けようとすると「むにゃむにゃ」という寝言と共に頬を直撃する小さな握りこぶし。
昨夜、ナタリアが寂しいと言って、俺の毛布に潜り込んできた結果が
「ナタリア、起きろ」
「ん-、やー」
ナタリアは昨日くらいから、妙に甘えたがりな感情を表に出すようになってきた。
食事後の寛いでいる時に膝の上に座りたがったり、歩く時におんぶを強請ったりと上げればキリがない。
良いように言えば遠慮が無くなったというべきだろうか。
(何か切っ掛けがあったのか?)
いつまでも起きる気配がないナタリアを放置して、俺は朝のトレーニングを始めようと考えた。周りはあまりにも静かで港町との違いを肌で感じられる。
早起きの習慣が漁師だった両親の血が流れているせいだと考えると、少し誇らしくもあり、嬉しくもあった。
そんな感傷に浸りながら外に出るとリタが居た。
リタも俺と同じように朝にトレーニングする習慣が染みついているようだ。
「朝トレ、続けてたんだな」
「ラグおじさんは毎日サボらないのが大事って言ってたからね。一生聖女やってるとは限らないし?」
リタが父の弟子である事を忘れていない事が嬉しくて、笑みが零れそうなのをそっぽを向いて誤魔化した。
「そろそろ王都に何があるか言ってもいいんじゃないか?ま、何言われた所で行くことは変わらんけどな」
「・・・言う必要ないでしょ。運良く何も気づかずに帰ればいいだけの話よ」
「気づいてしまったらどうなるんだ?」
「下手したら死ぬって聞いてるわよ。良くて監禁かしらね」
(言い出したのはマリーネか?まぁ、言いそうな話だ)
「俺が知るだけで俺が死ぬのか。なんか呪いみた───」
そう言い終わる前に、リタが背後から抱き着いてきた。
「私さ、ずっとライと一緒に居たいよ」
まるでプロポーズのような言葉だが、それを盾にリタは王都行きを阻止するに違いない。だからこそ、俺はそれを受けいれる訳にはいかない。
「その気持ちは俺も同じだよ」
「でも、ライにはもっと相応しい
「は?」
「だから、ほんの一時でだけでいいからライと一緒になりた───」
その瞬間、鼓膜が破れるほど大きな羊が鳴く声が村中に轟いた。
「め゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙」
鼓膜を破壊するような轟音。鳴き声と共に地面まで揺れ、外に居た俺たちはその凄まじさを肌で感じる事になった。そして鳴き声がやんだかと思った瞬間、土埃を上げながら巨大な振動音が聞こえる。
まるで何か巨大な物が地面に落ちたような音。そのせいで俺たちは衝撃で少し宙に浮いた程だ。土埃で視界は覆われ、真横に居るリタが辛うじて認識できる程度。何が起こったのか分からないままリタを抱き寄せた。
「なにごとなんじゃー!」
勢いよく開く窓の音と、マリーネの声。
徐々に土埃が落ち着くとマリーネが俺らを見て固まった。
「・・・邪魔してしまったようじゃな」
「マリーネさん!違うの!」
「いや、そんな事より見ろよ!」
村人も続々と外に出てきたが、殆どの者が腰を抜かしてへたり込んだ。
「なんじゃこりゃああああ!!」
「め゙え゙え゙え゙・・・」
見上げないと確認できない程に背の高い羊がこちらを睨んでいる。
身長にして俺の6~7倍もありそうな巨体で一歩一歩歩く度、地響きが伝わってくる。
「バロメッツって植物じゃないの!?」
「村長の話じゃ、
巨大羊は近くにへたり込んだ村人A(男性29才既婚)に気づくと一瞬で口内に収めてしまった。
しばらく咀嚼をして飽きたのか、何かを勢いよく吐き出した。
それは唾液だらけの村人Aで、服は剝ぎ取られ、肌がずる剝けて治療が必要な状態であった。
「村人A!大丈夫か!」「これは酷い・・・」
村人が口々に彼の被害を嘆いたが、巨大羊は次の目標を見つけてゆっくりと移動を始めた。
その先を見れば、ナタリアくらいの小さな女の子が怯えて泣いていた。
「ぴいいいぃ!」
「危ない!女の子が!」
リタが反応して駆けだし、俺も少し遅れて追いかけた。
「ぴいいぃ!誰かお助けええ!!」
巨大羊は女の子を口にしようと頭を下げる。
そのタイミング狙ったかのように、リタと俺は頭部目掛けて跳躍しする。
羊に打撃を与えようとしたのだが、何かの障壁に阻まれてしまった。
「これ、白魔法の結界よ!」
「じゃあリタが解除できるな」
「無理無理無理無理むりぃ!あれ、二等以上の魔法だもん!」
「んじゃあ、斬るか」
指輪から取り出した
「女の子食べられちゃった!早く!早く攻撃して!」
障壁に守られた巨大羊は俺らの攻撃で一瞬止まっただけで、そのまま女の子を口にしてしまった。
「飲み込んでないなら、喉元からバッサリいっていいんだよな!!!」
体内で練り上げた闘気を一気に大剣に流し込み、そのまま振り下ろす。
『セレニア剣技、斬首!』
その剣技は轟音を奏で、まるで空間を引き裂くように人間の2倍もありそうな太さの首をあっさり斬り落とした。その時、小さくガラスが割れるような音と、離れたところから男の声が聞こえた。
「ライ!凄い!凄い!!!やっぱり剣技じゃ私より凄いね!」
「そんな事より、なんか今さっき、ぐあ!って聞こえなかったか?」
「聞こえなかったけど?それよりも女の子救出しなきゃ!」
それから短剣を使って丁寧に巨大羊の頭部を解体して、どうにか女の子を救出。
全身唾液まみれであちこち服は破れ半裸状態となってるだけで、腕以外に肌がずる剥けた場所はない。そして、呼吸はあるが意識がないという状態だ。
「不幸中の幸いってとこか」
「何が幸いよ!不幸に決まってるでしょ!女の子なのよ?肌に痣なんか残ったら大変じゃない!」
「そうだな、失言だった」
「私の魔法で大丈夫かな・・・」
このレベルの治療になると、三等聖女では肌は元通りとはいかず、多少なりと痣が残るのは間違いない。
あえて治療せず教会や冒険者組合に連れて行き、二等かそれ以上の方に治療してもらった方が奇麗に治るのだが、問題はこの村にそんな施設がなく、近い町まで行くとなると手遅れで治らなくなる。
「リタ、お前がやるしかないんだ」
「う、うん、やってみる。でも、不安だから、後ろから支えててくれない?」
リタの肩にそっと手をのせ確認をする。
「こうかな」
「うん、それでいい」
そうして痣が残る事を覚悟した治療が始まった。
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ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
感想など反応あれば非常にうれしいです。
私事ですが、先月から始めた咳が未だに続いてて昨日病院に行ったら肺炎と言われてしまいました。咳で肺炎寸前と言われた事はあったんですが、確定された事が無かったのでかなりショックです。養生しながら抗生物質で二週間様子見、その後も治療は続くみたいです。私のGWがつぶれたあぁぁぁ。(四国旅行行く予定だった)
そんなよわよわですが、これからもよろしくお願いいたします。
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