第三章 革命はたった一人の剣豪から

第30話 降臨の地

 その村では長年、病が村人を蝕んでいた。

 病に発症した者は苦痛と激しい衝動に耐え続けるか、死ぬまで踊り続けるかだった。

 踊る者は人間の三大欲求よりもそれを優先し、激しいリズムでステップを刻むが次第に足の裏は擦り剝け、拍子をとってた手は腫れあがり、それでも止めないが踊っている間は苦痛の表情は無く、むしろ幸せそうだったという。

 その病気は感染症で村人は一人残らず感染し、いつ発症するか怯えながらも静かに終わりの時を待っていた。

 ある者は鼻歌に怯え、ある者は貧乏揺すりのビートに恐れをなした。

 そんな息苦しい村にいつつも、感染が広がるのを恐れ誰一人村を出る事はなく、誰一人として村に入れる事はなかった。

 そしていつしか、その病を踊り病ダンシングペスト、感染者を踊る者ダンシングマニアと呼ぶようになっていた。


 最初、彼女は深い外套に身を包み不審しかなかった。

 彼女はその村に流れ着き、村長から出ていくようにと忠告を受けるも、村の広場まで入り込む。

 そこには円を描くように一心不乱で踊る幾人もの村人が居た。

 その光景を見た彼女は何処からともなくリュートを取り出すと美しい音色を奏で始めた。

 すぐさま早いリズムに切り替え、踊る者ダンシングマニアがリュートの音色に合わせて踊り始めると、彼女は徐々にテンポを緩やかなものに落とし、そして一拍の無音に置いて鳴らした和音フィニッシュをもって演奏を止めた。

 踊り病ダンシングペストだった者たちは、三大欲求を取り戻したのかその場で深い眠りに落ちた。

 彼女は外套を脱ぎ捨て、村人一人一人に回復魔法をかけて始めた。

 淀んでいた空気はどこにいったのか、村に爽やかな優しい風が吹くと彼女の黄金に輝く長くしなやかな髪は靡くと美しく輝く小さな硝子体が無数に飛び立ち、小さな硝子体は村の家々に入り込むと、引き籠っていた村人に安らぎを与えて回った。

 直後、厚い雲に覆われていた空が割れ、無数の光の道が差し込むと彼女を照らした。村人はその美しい光景を目にすると天使が降臨したと口ずさんだが、彼女はそれを聞いてはにかんだような笑顔をしていたという。


 村は病から解放され、三日三晩も続く宴会が始まった。

 村人は彼女の奏でる曲に合わせ、自らの意思で喜びを踊りで表現していた。

 その踊りが洗練されていたのは、踊り病ダンシングペストのお陰だと言う者もいたが、そんな事を気にする者はいなかったのだ。

 以来、この地に滞在中は不治の病が緩和されるという不思議な現象が確認されていた。

 それらの美談は噂となり、近隣の村、都市に留まらず、領都、そしてこの国の王都、さらにはミトリア教国までと届いた。

 その噂の話は『かの村には美しすぎる天使が居る』というくだりから始まるという。


「そんな事があったんだな」

「ええ、その天使様を描いたのがこの絵画でございます、貴方様よりももっと黄金に輝く髪でございました」

 大きな絵画の中心に大きく白い翼を生やした女性が村人に回復魔法をかけているという美しい構図になっていた。

 俺はそれを観て、ため息が出るほど美しく誰もを魅了してしまいそうだと思う程だった。

 故郷エイマスを出発した俺たちは、竜車を乗り継いで4日目にたどり着いたのが、内陸にあるレッドウッドという村だ。

 村と言っても人口は多く、町ともとれる中途半端な規模ではあった。

 元々は農業しかなかった小さな村だが、不治の病が緩和されると知った者や天使降臨の噂を聞きつけた者が押し寄せ、別荘地や療養地として栄えたらしい。

 お陰で俺たちが滞在する宿にも不自由はなく、夜には肉料理が出されるくらいだった。

「この肉は何の肉なんだ?どこか懐かしい味を感じるのだが」

 宿屋の主人に話を聞くと、少し悪戯を思いついたような笑みを浮かべて話す。

「これはバロメッツという羊もどきの肉ですよ、この村で育てておりますので一度見学すると良いでしょう」


 朝になって皆でバロメッツを見に行く事にした。

 それは村から少し離れた場所におり、人ほどの高さがある太い茎の先に、羊が突き刺さったような不思議な植物だった。

 見た事もない植物に唖然としていると、ナタリアが歓喜の声ともに走り出した。

「すごおおい!あっ!」

 まるで時が止まるかと思うような瞬間だった。

 ナタリアはテンションが上がりすぎたのか、土の道に足をとられて顔面から地面に衝突してしまった。

「ナタリア!大丈夫か!」

 そう言って駆け寄ろうとしたところ、リタに止められた。

「リタ、なんだよ。どうして邪魔をするんだ」

 明らかに機嫌の悪い言い方をするも、リタはそれに反論する。

「子供はね、あんたなんかの助けなんてなくても立ち上がるのよ。逆に助ける事によって親が居ないとどうしようもない子供になってしまうわ」

 それはそれで良いのではないか、なんて一瞬思ったがリタの言う通りだと考えなおした。

 ナタリアは大泣きしていたが、俺たちは心を鬼にしてバロメッツを見学している振りをしていた。

 誰も助けてくれないと悟ったのかナタリアは泣き止むと自力で立ち上がり、無言で俺に抱き着いてきた。

「自力で立ち上がれて偉いな」

 そう言って頭を撫でてやると、無言で頷いた。

 まだ涙目で擦りむいた痛みを我慢しているようだったが、それをリタに合図すると回復魔法をかけてくれた。

「ライ、これで鼻を」

 手渡されたティッスライムペーパーをナタリアの鼻に当てる。

「ほら、チーンしな」

 ナタリアが鼻をかむともう一枚のティッスライムペーパーを俺に渡した。

「ほら、ライの服に鼻水がついてるから、拭きなさいよ」

「ああ・・・ありがとう」

 リタはすぐさま踵を返し、宿に向かって帰っていった。

 結局、あれからリタは冷たいままで、まともに話ができていなかった。

 それでも最低限の面倒を見てくれるのだから、付いて来てくれた事は有難いと思っている。

「なぁ・・・師匠?そろそろ仲直りせーへん?なんか見てて辛いねんけど~」

 ヴィンセントに言われるまでもなく、元通りになりたいとは思っている。

 だが、俺はリタの言葉がどうしても許せないままだった。


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元ネタ解説(小説内の表現は多分に脚色しています)

・ダンシングペスト(踊りのペスト、踊り病)

 1518年7~9月に神聖ローマ帝国内で発生したと言われる踊り狂う病気。

 原因は諸説あるが結局は不明のままで、近代提唱されたストレス性の集団ヒステリー説を推したい。

 他にも7世紀など複数の事例が上げられ、ハーメルンの笛吹き男も関連事項として上がる。

 直近では1518年7月にフランスで発生し、1か月後には400人に感染、多くは心臓発作を起こした。

 もし感染したら諦めてください、踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃ損々ですよ。


・バロメッツ

 ヨーロッパから中国まで幅広く荒野に生息していたと言われる伝説の植物。

 綿の採れる木とか金色の羊毛が捕れるとか肉はカニの味だったとか蹄まで羊毛だったとか設定盛りすぎた夢の植物で、いろんなゲームや漫画にも登場している。

 ダンジョン飯という漫画にも出てくるので現在放送中のアニメでも出てくるかも。

 もし遭遇したらひつじが熟成する前に収穫する事をお勧めする。


設定

・ティッスライムペーパー

 スライムを粉末状に加工したスライムパウダーと植物紙と混ぜ合わせた特殊紙。

 大量の水分を吸収できる為、鼻水などは吸収後、暫くすると結晶化する。

 それなりに高価。


 ***

 ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

 感想など反応あれば非常にうれしいです。

 これからもよろしくお願いいたします。

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