第29話 旅の始まり

 マリーネに強く当たる事は最近こそ殆ど無かったが、両親が死んだ頃はよくあった話だった。当時荒れに荒れていた俺はリタの実家に居た頃もあるが、何処か他人という疎外感を感じ、マリーネの元に転がり込む事が多かった。そうして、最も家族のように接してくれた親のような相手だからこそ、ぶつかる事が多かったのだと思う。


 魔物の襲撃のあと、この町を離れるべきだという考えに至った。

 教国の刺客がナタリアを狙っている以上、かの国に最も近いこの町は危険だと判断したからだ。

 その事をリタとマリーネに話すと賛成してくれた。

 ルーカスにもその話をすると、王都に来ないかと誘われた。

 なんでも、伯爵の罪を証言する者が多いに越したことがないし、報奨金も出るという話だ。

「まぁ、ライオネル殿が無理むぅりぃだというのであれば、それは仕方がない話ではある」

 ルーカスがそういうのであれば、無理に行くことはないと思い「じゃあ、行かない方向で」と答えると、ルーカスは慌てだした。

「え?どうしてそうなるんだ、爺、爺からもなんか言ってやってくれ」

「やれやれ、一旦、控えめに誘うべきだと申し上げたのに・・・ナタリア嬢には王都のスイーツ食べ放題に招待いたしますが如何でしょうか?」

「すぅい~つぅ・・・」

 その言葉に目を輝かせて、俺の裾を引っ張り訴えてくる。

「いやあ、そのぉ」

「それは駄目なのじゃ!!!」

 咄嗟に部屋に入ってきては大声を上げるマリーネ。さらに後ろにリタまでついてきた。

「ライ!それは絶対やめた方がいいわ!」

「どうしてそこまでして王都を嫌うんだ?」

 そんな俺の言葉に二人は固まる。

 マリーネは深く考えた末、神妙な顔つきで俺に言った。

「ほら、ナラクシスの脅威は去っておらんじゃろ、王都に行けば邪な人間はいくらでもいる。そんな輩が手先になって襲ってくるのは目に見えておる」

 リタもその言葉を肯定するように力強く頷いた。

 ところが、そこに執事が横やりを入れる。

「マリーネ殿、失礼ですが、今や王都は強力な広域結界が張られていますので、悪魔の類は実体がない限り入ってこれないでしょう」

「いつの間に結界結晶を手に入れたんじゃ!」

「あの混乱期から明けてすぐの事でございます。マリーネ殿はその頃には王都からいなくなっておられましたな」

「すまん、その結界結晶ってなんだ?」

 俺の質問にマリーネは渋々答える。

「それはじゃな、広範囲結界を張る為に使う核じゃよ。非常に高価でこのセレニア王国ではまず手に入らん」

「じゃあどこから手に入れたんだ?」

「恐らく───」

 マリーネの言葉を遮るように執事が説明した。

「それはわたくしから。入手元はミトリア教国でございます。王国はそれを入手する対価に特別顧問として一級聖女のセフィナ・アウタリア様を受け入れました。表向きは平和の特使でございます。それ以前から教国の内部干渉は強くありますので、大きく何かが変わったという事はございません、ですが第一王子の妃としてその聖女様が内定されておりますので、その影響力はお察しください」

「そんな事をしたら貴族の猛反発とかないのか?」

「ござい。ですが、その反発した貴族の領地から、聖女らが撤収致しまして・・・」

「この国は冒険者だけでなく軍隊でも聖女頼りになっている現状、そんな事になれば、貴族ですら言いなりってか・・・」

「そもそも昔の回復職はヒーラーと呼ばれ、教会に所属なんてしておらんかったのじゃ。それを全て教会所属にし、聖人や聖女として呼称から格を上げたのは教国じゃ。お陰で回復職の質自体は上がったんじゃが、相対的に教国の影響力が強まってきたという訳じゃ」

「幸いにも教国とは実質的に国境を接しておりません。ですので、今すぐ何かが起こるという状況にはないでしょう」


 その話はさらに続く。

 結果的に国内は王族派と教会派に分かれ、王族派はこれまで通りの王政が続くのを望み、教会派は最終的には王政廃止を目指しているという。

 この事から教会派は魔の森を開拓し、通行可能とした上でセレニア王国を実効支配する事ではないかと言われている。

 現に魔の森の間引きと称した行事は教会派からの案だったという。

「それなら、それをサボっていた伯爵はさほど悪いって訳でもないのか?」

「いえ、公金横領は別でございます、当然王族殺害未遂もです。そもそも身内に甘いともなれば教会派からくどくどくどくどくどくど───」

 俺はリタに袖を引っ張られ執事の長い話を切り上げ部屋を後にした。


 無人の部屋に入るとリタは珍しく頬を赤らめて俺に抱き着く。

「リタ、どうしたんだ」

 こんな積極的になったのは初めてで嬉しさと共に緊張したが、次の言葉にその感情は反転する。

「王都に行かないなら結婚したっていい、だからお願い、行かないで」

「そこまでする何が王都にあるってんだよ」

「絶対良くない事になるから・・・私を信じて」

「嫌だね、俺は絶対王都に行く!!!結婚なんてしなくて結構だ!!!」

 リタの制止を振りほどき、室外に出ると執事が珍しく笑みを浮かべて待ち構えていた。

「承知しました。王都ではこの上ない待遇をさせていただきます」


 そうして俺は王都に向かう事になった。

 王都行きの決意が固まった事を聞いたマリーネは、深いため息をついて条件を出した。

「もし、陛下と謁見となったら絶対に儂も同席するからの。あと、王都へのルートは儂が決めるからの!」

 リタはリタでまるで罪を負ったように落ち込んでいたが、何かを決意したのか俺について来る事にしたらしい。

 その際に涙ぐみながらも強い口調で話した。

「ライは私が居ないとダメになるんだからね!」

 その言葉の直後に振り向き、小さな声で「私もライが居ないとダメなんだから」とつぶやく。そして、耳を赤く染めて逃げるように駆けてゆくリタの足は尋常じゃないほど早く、追いつけそうになかった。

 ルーカスや執事は兵士と共に伯爵を連行する別行動となり、俺とリタ、マリーネ、そしてナタリア、ヴィンセントが付いて来る事になった。

 王都の人の多さを嫌がったサヴァナは家に帰ると言い、ゴドウィンは家族を理由に同行しない事になった。サイにも聞いてみたが借金返済に手いっぱいだからと断られた。

 同行者が減る事に寂しさを覚えつつも、まずはここの領都グランドホーンに向けて一歩を踏み出すのだった。

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 ライオネル「今日は口調きつくなってたかもしれん、すまん」

 マリーネ「気にするな、それくらいで切れるような縁でもないじゃろ。それよりもじゃ、早くリタと仲直りせんか、ギスギスしてるのは見てて辛いんじゃ」

 ライオネル「まぁ、早めにそうするよ」

 マリーネ「・・・どうせ種族違いを選ぶなら、儂でもよさそうなもんじゃが」

 ライオネル「うん?なんか言ったか?」

 マリーネ「なんでもないわ!たわけ!」

 

 ***

 ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

 感想など反応あれば非常にうれしいです。

 これからもよろしくお願いいたします。

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