第26話 ボルドー伯爵②
伯爵に礼儀がなっていないと言われるのは意外でもなんでもなかった。
母から最低限の礼儀作法については叩き込まれていたので知ってはいたが、この伯爵に対して礼儀をもって接する必然性を感じなかったからだ。
「如何せん、平民なもので正しい礼儀なんて知ら───」
その言葉を言い終わるまでもなく、ボルドー伯爵が口を挟んでくる。
「お前に発言を許した覚えはないぞ」
その瞬間、黙るしかなかった訳だが、伯爵は続けて言いたい放題に言い出した。
「今の態度は貴族に対する無礼に当たる。それに使者とした兵士に対する悪行も見逃す事はできん。このまま打ち首にする事もできるのだが、一つチャンスをやろう」
伯爵は少し口角を上げると、続けて話した。
「近々、魔の森の間引きの為に用意した兵が足りぬのだ。お前たちが兵の代わりに先鋒を担え。そして、全ての魔物を駆逐すれば赦してやらん事もない。どうだ?嬉しいだろう?先鋒は武人の誉というではないか。そうだな、その褒美として、引き続きそこの娘を飼う事を許してやろう」
言葉をぐっと殺して我慢したが小声で漏らしてしまう。
「娘を飼う・・・だと?」
「何か言ったか?発言を許そう、答えは『承知しました』だけだ、それ以外は許さん。さあ、答えよ」
その時、怒りの言葉と共に闘気が無意識の内に溢れ出した。
「取り消せよ・・・今の言葉!」
俺にとっての闘気は敵を殺す為に剣に纏わせて斬撃を飛ばすもの、あるいは身体強化に使うものだった。
それを空気のように周りに漂わせるのを無意識に行った。
あの商人と同様とまではいかないが、闘気で相手を刺すことはできなくとも、伯爵の周りに集中して纏わせていたようだ。
そして、それは恐怖を与えるには十分だったようだ。
横にいた使者役の兵士はその煽りで気絶し、伯爵もその状況に恐れ始める。
「なにが何が起こっている!?」
焦って椅子の上に立ち上ろうとするが、自身のバランスの悪い体形が仇となってその場に転がり落ちた。
「うわああああああ、お前ら、お前ら何をしたのだ!死刑!死刑だ!」
そう言うと、さらに殺気が沸き上がる。
『憎むべき相手が現れたぞ、
どこかで誰かがささやいたような気がした。
そこで肩を叩かれて我に返る。
「ライオネル殿、リタ殿、それくらいにしてやってはくれんか」
そう言ったのはルーカスだった。
どうも闘気を駄々洩れにしたのは俺だけじゃなかったらしい。
リタの方を見ると悪戯をした後を誤魔化すようにウインクしながら舌を少し出す。
リタも同じ気持ちだったことに嬉しくて自然と口角が上がった。
最早立つこともできない伯爵に向かって、ルーカスは椅子を蹴り飛ばし、威嚇する。
「ボルドー伯爵といったな、魔の森の間引きに出兵する最低限の兵数は決められていたであろう?それだけの予算が国から支出され、割り当てられているはずだ。だが、今回の兵数はこの別荘の周辺に居るだけと言うではないか。ならば、その予算は何処に使ったのかな?さぁ、申してみろ!」
「な、なんだお前は!そんなものは知らん!予算なんてものは我の私財だ!何に使ってもとやかく言われる筋合いではない!まして、平民ごときに教える義務はない!」
そう言うとルーカスは伯爵の横顔に蹴りを入れる。
「やはり横領していたか。これがどういう事になるか分かっているのだろうな?」
「なんて無礼な奴だ!我を蹴るとは万死に値する!即刻絞首刑にしてやる!」
「ほう、なるほどなるほど、お前は俺に殺害を試みるというのだな?」
「当たり前だ!それが貴族の義務だからな!礼儀を知らぬ者は即刻死刑だ!!はは、死んで後悔するがいい!」
その言葉に、ヴィンセントが怯えて俺の袖を掴んで訴えた。
「師匠!早く何か言ったってえな!このままじゃ・・・」
そして、ルーカスが執事に何か合図を送る。
執事は一歩前に出ると、伯爵のふくよかな腹部を蹴り上げた。
「ごふぅ!!」
見事なまでに体をヘの字に折られた伯爵は、着地もままならず、壁まで吹き飛び衝突する。
腹部の痛みを堪えながらも立ち上がろうとする伯爵の目には憎悪に満ち溢れていた。
「ボルドー伯爵、こちらにおわすお方は第四王子、ルーカス・セレニア様にございます。貴殿には王族殺害未遂ならびに公金横領の罪で王都まで連行致します」
伯爵はその言葉にたじろぐと、独り言をつぶやいた。
「どうしてこんな所に王族が・・・、いやアレが本物な訳がない・・・偽物だ、偽物に違いない」
そして、窓を勢いよく開き、外に向かって叫んだ。
「出合え!出合え!ここに我を害そうとする者がいる!打ち取った者には金一封を与えるぞ!」
すると、どこからともなく兵士が沸いて俺たちは取り囲まれた。
そこで、ルーカスが全員に命令する。
「さて、こういう時、こういうんだよな『みなさん、懲らしめてやりなさい』」
「「「「はっ!!」」」」
そうして、まるで乱闘が始まったのだが、執事は何処からともなくバイオリンを持ちだし演奏を、ルーカスは小太鼓でリズムを取り始めると、ナタリアが興味を持ったのか傍で踊り出した。
音楽はまるで戦闘補助するかのようなリズムで体の動きが軽くなった。
鼓舞という言葉はこういう事態を意味するのかと思いつつ、俺たちは兵士の排除を続けた。
そんな異様な光景の中、俺たちは素手で戦っていた。
相手は剣を抜くが、悪いのは伯爵であって兵士ではないのを全員が理解していた。
それに技量があまりにも差がありすぎて手加減が必要だったという事もある。
こちらの戦力は圧倒的で兵士はあまりにも弱かった。
気絶させた兵士数が200を超えたあたりで、残った兵士が降参と言い出す。
主だった部隊長が率先して挑んで来ては倒されたのが原因だったようだ。
このあまりにも情けない惨状をみて、リタが一言呟いた。
「ねぇ、あまりにも弱すぎない?」
「これでは魔の森でまともに戦えるとは到底思えんのぅ」
「そうか、去年も人数が少なかったのは、公金横領があったからかな」
「こやつら農村の出じゃの。掌にあるマメの付き方がそれを表しとる」
今は農業的に繁忙期にあたり、普通は農業従事者は畑の世話に時間を取られているはずだ。繁忙期は国家間でも戦争を控えるほど農業に重要な時期で、それを無視して徴兵したとなるとまた別の疑惑が沸いて来る。
「つまり、正規兵の大半は解雇済みって事か?」
魔の森の間引きには正規兵で行くことと決められていたはずだが、よく見れば兵装も安物ばかりを身に着けている。
「うるさい!たかが肉盾の如きにかける維持費がどれだけするか分かっておるのか!あやつらは失ってもいくらでも補充できる、捨て駒にしても何ら問題はない!」
その一言に、総隊長らしき人物がゆるりと立ち上がり、懐から何やら書面を取り出した。
それを伯爵の足元に叩きつけると、膝を落とした。
「辞表でございます。今すぐ隊を抜ける事をお許しください」
そしてその総隊長はルーカスの前で話をつづけた。
「殿下、許されるのであれば、陛下の元に参じ伯爵の悪事を洗いざらい証言しとうございます」
「うむ、頼んだぞ、これにて一件落着!」
すかさず、執事が突っ込みを入れた。
「殿下、それには少々早うございますな」
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ルーカス「爺、これで夢が叶ったのか?」
執事「ええ、大変嬉しゅうございます。異国の文献にあったセリフそのもの」
ルーカス「本当に好きだな」
執事「ですが、これで予定通りでございますな」
ルーカス「ああ、伯爵なんてどうでもいい、本命は───」
***
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
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