第17話 仮バースデー前日
ナタリアの誕生日(仮)と言う事で、何人か集めてパーティを開くことになった。
約束通り前日となる今日は、リタが家に来てケーキを作り始めていた。
我が家にはそれなりに裕福な家にしかないという二層式オーブンがある。
構造的には食材を入れる場所を囲むように火の精霊が遊ぶ場所があり、そこに火精霊に入ってもらい、木材チップを与えて遊ばせる事によってオーブン全体が温まるという仕組みだ。余談になるが火精霊は普段、個別に仕切られたケースに収める事で睡眠状態となり、長期保存が可能だ。
温度は何匹遊ばせるかによって決まる。
スポンジケーキを焼く場合は、だいたい極小火精霊六匹くらいだ。
十分に温まったら、リタが作ってくれた生地を投入する。
前面のドアにはガラスが使われ、中身を見る事ができる。
俺が中身を確認していると、ナタリアが興味津々で見たそうにした。
「見るのはいいけど、危ないから触ったらダメだぞ。アチアチだからな」
「りょかい!」
ナタリアは椅子を使って適切な高さで見学し始める。
ジリジリと火精霊が遊ぶ音と共に時間が過ぎてゆく。次第にいい匂いが漂い始めたところで、ナタリアが反応した。
「ふっくらー!」
ナタリアが嬉しそうに報告したので取り出し、さかさまにして放置する。
いい匂いがリビングに充満すると、ナタリアは大はしゃぎした。
スポンジケーキが冷める頃合いにリタは生クリームを用意し終わっていた。
ナタリアが生クリームを見て、いかにも食べたそうに目を輝かせる。
それを見かねたリタがナタリアに手洗いを言いつけた。
何をするのかと思いきや、ナタリアの指先を生クリームでデコレートし始めた。
指先に盛り付けたられた生クリームに、細くて小さい色とりどりのチョコレートで装飾された。
小さなケーキを指先に乗せて喜ぶナタリアは、指先を俺に突き出した。
「俺にくれるのか?」
コクコクと頷くナタリアの優しさに感動しながらも、指先を丸ごと咥える。
俺の口から脱出した小さな指から奇麗に生クリームだけがなくなったのに、ナタリアは奇声を上げて喜んだ。
何がそんなに面白いのかと思えば、指を舐められる感覚が面白いらしい。
(それってフェチの一つじゃないのか?)
危険に思った俺は、リタとナタリアに指先ケーキの禁止を通告した。
スポンジケーキの天井部分を切り離し、横から真ん中を切って三等分する。
するとまたしても、ナタリアが食べたそうに目を輝かせる。
「ナタリア、デコレーションを頑張ったら、特別なケーキをあげよう」
その餌で見事に釣られたナタリアは喜んでデコレーションを頑張った。
少しばかり不器用だったが、上部とスポンジ間にフルーツを入れたケーキが完成したのだ。
ナタリアは完成品に、そっと手を伸ばす。
そこで、リタがケーキを没収して冷蔵庫に収めた。
涙目になるナタリアに用意していたご褒美を進呈した。
それは余っていたスポンジケーキの天井部を八つに切り、クリームをはさみながら重ねた八層ショートケーキだった。
「すごい!いいの?」
即答で許可を出すと勢いよくフォークを突き刺した。
だが、このケーキは自立力に難ありで、すぐに倒れてしまった。
倒れた事にショックを受けるナタリアは、それでも切り取って食べ始めると、満面の笑みで喜んでくれた。
そういえば、冷蔵庫も中流以上でないと持っていないらしい。
内部構造的には外部と隔離するような断熱構造を有し、その内側に薄い層があり、そこにはアイススライムを原材料としたアイスジェルが詰まっていると聞いたことがある。
時々魔力を補充する必要はあるが、いい感じに冷やしてくれる優れものだ。
ただ、ドアをあけっぱなしにすると、魔力切れが早くなる欠点があり、暑い季節にリトとリマが時々やらかすのが恒例行事だ。
「ほんと、ここは設備が整っていてうらやましいわ」
リタがそんなことを言いだして、これはチャンスかもしれないと思った。
「じゃあ、うちに住めば───」
そんな口説き文句を遮るように邪魔が入った。
「ライ兄ィィィィィ!やっと会えたァ!」
玄関のドアを開けると同時に叫びながら抱き着いてきたのはリタの妹のリムだった。
リムは5つ下の14歳。現在学生で隣町の学生寮に住んでいる。
幼少の頃に錬金術に興味を示し、その道をひたすら突き進んでいる最中だ。
「リム、帰ってたなら言ってくれればいいのに」
「今帰ってきたトコだよ!ねぇ、ライ兄、私、大人になって魅力的になったでしょ?嫁にしたくなった?」
リムはいつもこんな調子だが、その目当てはこの家の設備なのは明らかだった。
「ああ、もうちょっと大人になったら考えてやるよ」
そう言って、頭を撫でてやると喜ぶ。
それを見たナタリアが、かなり不服そうに頬を膨らませていた。
「誰よ」
「ああ、初めて会うんだったな。俺の娘のナタリアだ」
その時、リムに電流走る。
信じられない状況に崩れ落ち、まるで悲劇のヒロインのように泣き喚いた。
「私という女がいながら一体誰の子よー!!おねえちゃん?おねえちゃんでしょ!」
「またバカなこと言って!」
リタが突っ込むとリムは立ち上がり、何かを決意したかのように宣言した。
「そうよね、こんな事でくじけてはいけないわ!あなた、ナタリアというのね、私が新しいママになってあげる!」
場が静まり返る。
そんな状況でもナタリアは動じる事なく、リタの元へ歩いて行き、足元にぴったりとしがみついた。
まるで勝利宣言かのように口角を上げるリタに、リムは激昂する。
「おねえちゃん!どちらが妻になるか勝負よ!」
その勝負話に俺は期待を膨らませた。
鼓動が激しくなる。
リタはなんて答えるんだろうか。
答え如何によってはそのままプロポーズになんて思った矢先、
「お~ぅ、遊びに来たぞぉ~」
ドアを勢いよく開けて現れたのは、泥酔したマリーネだった。
マリーネはそのまま俺に抱き着いてきて、押し倒される格好となり、その場に倒れて馬乗りされた状態になる。
そして、当のマリーネはそのまま寝てしまっていた。
思わず長い耳を引っ張って仕返ししたくなるほど腹立たしい。
「全く何なんだよー!!」
─────────────────────────────────────
リタ「リム!さっきの本気なの?」
リム「本気だよぉ、だって大好きだもん」
リタ「そ、そこまで・・・」
リム「だって、あの冷蔵庫、分解したくなるよね、錬金術師なら構造調べたくなるの当たり前じゃない?オーブンだって、一番外側の断熱にサラマンダーの希少部位を原材料にしてるし、精霊の遊び場と調理室の間なんて耐熱でかつ熱伝導率の良い素材が使われてるのよ!それって何かきになるよね、分解して調べたいわ、ねぇ、持ち帰っちゃダメかな、いいよね?あとさ、あのミキサーだって───」
この後、リムの話はなかなか終わらなかったという。
***
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
感想など反応あれば非常にうれしいです。
これからもよろしくお願いいたします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます