第14話 平穏な日常

 騒動から一週間が経った。

 結局のところ、奇跡的にサイは助かった。

 大きな傷跡こそ残ってはいたが、体は元通りになって手足も不自由はない。

 ただ、膨大な聖属性魔力を注ぎ込まれて中毒症状が発生しているのに、体力の消耗が酷すぎるからと、ありったけのポーションを飲ませてたため、ポーション中毒にもなって、当分、ベッドから出れないらしい。

 それらは全て聞いた話だった。

 それは、リタに拒絶された後の記憶がないからだ。

 あれから俺は冒険者組合に顔を出さず、リタとも会っていない。


 あの時のナラクシスという悪魔は、結果的に追い払う事しかできなかった。

 ルーカスによるとナラクシスというのは、かなり昔、王都の暴れた悪魔らしく、その時は実体を持っていたらしい。

 憑依する悪魔は実体を失っている事から、誰かの手によって中途半端に討伐されたのだろうと語った。


 サイに事情を聴いたところ、魔法書を読んでからおかしくなったらしいが、組合の者がその本を探しても、どこにも見当たらなかったという。

 目撃談ではサイは黒魔法が使えるようになっていたというが、今では生活魔法すらも使えない状態となっているらしい。

 そして、俺が読んでいた本を借りてこれないかとゴドウィンに頼んだのだが、見つからなかったらしい。

(きっと誰かが借りパクしたのだろう)

 一旦、ナタリアが黒魔法になるという夢は保留にするという事で話が付いた。


 リタはナラクシスを追い払ったという実績から、二等聖女の昇位試験を受ける事になった。

 確かにすごい実績であったし、絶望視されていたサイを完璧なまでに復元したのだから、当然な話である。

 聞いたところでは、二等どころか一等に相当する実力があると言われた程だ。

 そして、リタは試験を受けたのだが、結果は惨敗。二等になる望み全くないとまで言われたらしい。

 リタは落ち込んで教会を抜け出して、実家に引き籠って出てこなくなったとか。

 規則的には許されない事だが、表向きは悪魔との戦闘後の疲労の為、自宅養生となっているそうだ。

 余談になるが、その時に間近にいた、ナタリアや俺に白魔法の素質があるのではないかという話が出て、検査する事になった。だが、これも結果は惨敗で、全くもって素質なしと烙印を押されてしまった。まぁ、当然の結果ではある。


 変わった事と言えば、リタを助けたという少年はヴィンセントといい、毎日のようにウチを訪ねてきている。

 一撃で気絶に追い込まれた事や、ナラクシスにとどめを刺したことに感動したとかで弟子入りしたいと言うのだ。当初の目的は、魔王討伐の噂を聞いて手合わせしたかったらしい。

 彼の望みはナタリアの稽古をつける傍らと言う条件で引き受けた。

 今はナタリアと二人で仲良く素振りをしているくらいだ。

 彼について何の問題もないのかといえばそうでもない。


 初めてウチに来た時、起きているリタを見た途端、片膝を落として妙な事を口走った。

『アスタリア様!なんでこんなところに!あ、ちがう、お会いできて光栄です!』

 と、慣れない敬語混じりの変な言葉を連ね、少しの間を置いて、

『あれ?子供?まさか、転生してもうた!?』

 なんて、意味不明な事を言い出した。

 すぐに人違いだと誤解を解くと、どうして勘違いしたのか教えてくれた。


 ヴィンセントはミトリア教国の出身で、幼い頃に似顔絵で見た大聖女アスタリア様に一目惚れしたそうだ。なお、絶世の美女らしい。

 それから、魔の森の訓練に明け暮れ、気づけば森を突破してこちらまで来てしまったという。

 彼が言うに、ミトリア教国では教皇が頂点に立つ国で、大聖女が傍らに居るというのが正常な状態だそうだ。

 余談だが教義の関係で、この二人は誰とも結婚ができず、清い体である必要があるらしい。

 ところが、5年ほど前から大聖女アスタリア様が表にでなくなり、それ以来姿が見えないという。

 その2年後、新たな大聖女が選出されたというのだが、力は先代に遠く及ばないらしい。

 そして、聖女としての素質がないと知ったヴィンセントは、アスタリア様の生まれ変わり説は間違いだったと謝罪した。

(だが、成人女性と四歳の子を見間違うか?それほどまでに似ているなら、調べた方がいいかもなぁ・・・しかし教国は遠すぎる、今は無理だな)


 そしてルーカスだ。

 アイツも時々やってきては、勧誘する日々が続いている。

 執事曰く『適当に甘い物を食べさせれば、食べている内に目的を忘れますよ』とアドバイスされた。

 しかも、その甘い物を用意する代金を多めに頂いているのだから、ありがたい。

 甘い物を食べる時はナタリア(ついでにヴィンセント)も一緒に食べ、上機嫌になるのだから拒否する必要性を感じない。

 ある時、甘い物をたらふく食べたルーカスが、ナタリアに質問した。

「ところで、ナタリアとライオネル殿の誕生日はいつなんだ?」

「どうしてそんな事を聞くんだ」

「だって、誕生日ともなれば、甘い物を大量に用意してお祝いのパーティをせねばならんだろ?」

 その言葉にナタリアはこれまでにないほどの興味をひかれたのか、

「それ、今すぐしよ!いっぱい、甘いの、食べたい!!パーティ!ぱーてぃいい!」

「ははは、ナタリアは食いしん坊だな」

 そんなルーカスの言葉に、執事が突っ込んだ。

「一番食べたいのは、ルーカス様でしょう」

「うむ、バレてしまったか」

 そこで、笑いが家中を包み込んだ。


 俺の誕生日を伝えると、ナタリアは少し困った顔を始める。

「わたし、誕生日、分からない」

 そう言い終わると同時に「甘いの、食べれない、やだ、やだああ」なんて言いながら泣き始めた。

 少し慌てたが、すぐに名案が浮かんだ。

「そうだ、仮バースデーを一週間後にしよう」

 そう言うと、ナタリアはぴたりと泣き止み、おずおずと質問する。

「仮でも、お祝い、する?」

 肯定するとナタリアは安心してほほ笑んだ。

「よかったぁ」

「しかも、本当の誕生日が分かったら、その日もパーティができるぞ」

「ホント?ホントニホント?絶対、絶対ね!!」

 甘いと言われようが、ナタリアが喜ぶのならそれでいいと思った。

 それとは別に、無意識にリタを誘う機会が欲しかったのかもしれない。


 その日の夜、特別何かがあったわけではなかった。

 ナタリアが食事中にうとうととしはじめたので、仕方なく食事を中断して眠らせる事にした。

 ゆっくりとベッドに運び、寝かせたその時、唐突に魘されるように泣き始めた。

 何かを求める様にもがき、苦しむ様は見ていて心が乱された。

 どんな声をかけても聞くことはなく、ただひたすら抱きしめて宥めるしか思いつかなかった。

 次第に俺も力尽き、二人してベッドに転がった。


 朝、シーツを引っ張られる感覚で目が覚めた。

 その原因はナタリアがベッドのシーツを取ろうとしていたのだ。

「おはよう、ナタリア」

 挨拶をするとナタリアは突然怒り出した。

「おきちゃ、だめー!」

 寝ぼけ眼ながら周りを見ると、すぐに事態を察すことが出来た。

 ウチでは初めての事だったが、子供なら仕方がない事だろう。


─────────────────────────────────────

 どうやって干すつもりだったんでしょうね。

 後先考えないで行動できるのは子供の特権かもしれない?


 ***

 ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

 感想など反応あれば非常にうれしいです。

 これからもよろしくお願いいたします。

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