第12話 サイの凶行+設定

 逃げるように這いつくばるサイ。

 あたりを見渡せば、サイの片腕と片足が転がっている。

 膝と肘あたりからバッサリと切られているのを見て、まだ接合可能じゃないかと考える。

 リタは叫ぶように訴える。

「サイが私を誘拐して、その人が助けてくれたの!」

 ようやく状況を理解したが、それであれば、どうして俺に切りかかってきたのか分からない。

 結局、少年が気を失っている以上、起きるまで待つしかないかった。


 そんな事より、問題はサイの方だ。

 俺はゆっくりと近づき、這いつくばるサイの前方にしゃがんだ。

「よう・・・、サイ、お前は一体何がしたいんだ」

 そう言うと、サイはまるで親の仇を見るかのように俺を睨みつけ叫んだ。

「テメェみたいな、恵まれた奴が腹立つんだよ!」

 確かに俺は恵まれていた。

 親や組合長からの剣の指導もあったし、パーティメンバーにも恵まれている。

 魔王に至っては、いろんな装備を貰えた。

 順風満帆に違い無い。

 まるで、仕組まれた揺り籠のような育成環境に、この時初めて違和感を感じた。


「だからって、誘拐が許される訳がネェだろ!フロイドを攻撃したのもお前だな。どうしてだ!」

 フロイドは結婚間近だったから、嫉妬したなんて事を言いだしそうだ。

「フロイドはリア充だからだよ!」

(まんまやん!)

 思わず声を上げてしまいそうになるのを、ぐっとこらえる。

「ちなみに、俺はリア充に見えて、実は違うからな」

「知ってるよ、リタに振られたんだってな、じゃあ俺にくれたっていいじゃねえか」

「あん?リタは物じゃねぇんだが?」

 あまりにも酷い言葉に、短剣をサイの横に突き刺して、脅してしまった。

「くそ!」

 どこにもぶつける事が出来ない怒りを口にする。

「くそ!くそ!」

 悔しそうにするサイを見ていると、俺も同じように悪態を尽きたくなる。

 俺だって振られて悲しくて仕方ないのに、その感情を表に出せるサイが少し羨ましくもなった。

「ほら、早く治療受けないと、治るものも治らないぞ」

 そうやって手を指し伸ばすも、払いのけられる。

「うるせえ!もう、終わりなんだよ!」

 自暴自棄になったのだろう、治療したところで元通りになるかは運任せだ。

 だが、一時でも同じパーティになった人間には不幸になってほしくない。

 少しは手助けをできないだろうかと思うばかりだ。

「いいから、一旦応急処置するぞ、上向きになれ」

「もう、いいっていってんだろ!!!」

 サイの言う事は無視しようとした。

 説得にあまり時間をかけすぎると、出血多量で死んでしまう。

 俺は手当てを頼もうと立ち上がり、リタを呼ぼうとした。

 だがその時、リタが俺に向かって叫んだ。

「ライ!気を付けて!サイが!」


 ◇ ◆ ◆ ◇


【サイ視点】


 クエストで大怪我をして、組合の治療施設に行くとリタが待ち構えていた。

「リタ、魔法でぱっぱっと治してくれよ」

「そんな事言っても、私だけで決める訳じゃないからね」

 リタは少しの間、受付嬢と相談して治療方針が決まると、口角を上げて治療を始めた。

 傷口にしみる薬を塗られ、何度か抵抗していると抑え込まれて包帯を巻かれた。

 パーティを抜けた嫌がらせなのは明らかだ。

 魔王討伐が美味しいと騙された事といい、無性に腹が立ってくる。

 そうして、絶対に報復すると決意した。


 最初にライオネルの家に行った。

 空き巣くらいの事しか思いつかなかった事に少し情けなくなる。

 しかし、ライオネルの親は資産を持っていて、手をつけていないという。

 それを少々分けて貰うのは慰謝料みたいなもので、当然の権利だと思った。

 ドアの鍵はピッキングで容易に外れた。

 鍵がかかっていても、ガキが居る可能性は否定できない。

 騒がれたら殺すつもりで侵入したが、中は無人で少し安心した。

 だが、その瞬間、背後から首筋に一撃が入る。

 見た事もない黒い服の男が、俺の顔面を何度も何度も殴り続ける。

「何もしてないだろ、やめてくれ!」

 そう言うと、大人しくする事を条件に暴力を止めてくれた。

 それから縛られてトイレに放置されるし、ライオネルに見つかるし、憲兵に捕まるしで酷い目にあった。


 釈放されてからは酷い苛立ちを覚え、通りにある物を蹴って鬱憤を晴らす。

 組合に行くとライオネルが黒魔法を覚えようとして挫折したという噂を聞いた。

 俺が先に覚えて鼻を明かしてやろうと、自習室に向かう。

 なんとなく目についた薄紫色の背表紙の本を手に取る。

 意外にも、いきなり本命を引き当ててしまったらしい。

 俺はすぐにこれは運命だと確信した。

 少し読み進めると、面白いように頭に入ってくる。

 魔法習得課程は知っていた。本から得れるものは前提知識だけで、特定の経験を重ねる事で得れる習得に至る過程、最終的に魔法の発動に必要となる刻印転写。

 その、習得過程や刻印転写まで終わろうとしているのが感じ取れ、実は俺は天才なのではないかと思い始めた。

 覚えたのは攻撃魔法『破黒』と下降デバフ魔法『束縛』と上昇バフ魔法『跳躍』。

「はは・・・これで、黒魔法使いだぞ!危険な前衛なんてもうコリゴリだ!復讐してやる!俺を追放したパーティやライオネル達にも・・・」


 簡単に魔法使になった俺は有頂天になっていた。

 最初に追放されたパーティのメンバーを捕まえては魔法で脅し、金を巻き上げた。

 気が良くなった俺は、白魔法使いとペアを組むべく組合に戻る。

 そこで、三等聖女に声をかけたが誰も首を縦に振らない。

「これは、リタの奴が手をまわしたんだ・・・」

 そう呟いている所に、噂話が耳に入る。

『ライオネルの奴、リタに振られたらしいぜ』

 これは、運命だと思った。リタは俺と組みたいがパーティのしがらみがあって言い出せないんだと信じ込んだ。

 俺への治療が酷かったのも、照れ隠しの一種なのだろう。

 だったら、早々に迎えに行くしかない。


 教会に向かう途中、リタはフロイドと仲良く歩いていた。

 楽しそうに話すその姿に、先を越されたのかと思った。

 それから、攻撃魔法をフロイドに喰らわせ、煩く叫ぶリタに下降デバフ魔法で体の自由を奪った。

 そうすると近くにいた女が泣き叫んだ。

 周囲の注目を浴びたくなかった俺は、リタを抱えて上昇バフ魔法で城壁を飛び越え、森逃げ込んだ。


 だが、そこで、変な奴に出会った。

 大剣を担ぎ、気だるそうにするガキだ。

「なぁなぁ、その姉ぇちゃん涙目になってっけど、それって誘拐なんちゃう?って事は悪人やんなぁ?」

「うるせえ、死にたくなかったら、どっかいけ!」

 そう言い終わるかどうかって時になって、片手片足が斬られている事に気が付く。

 突き出した腕は肘から先を失った断面から血しぶきが前面に噴き出し、少年を赤く染める。

 そして俺はその場に倒れた。

 だが、その時、何処からともなく発せられる低い声が脳内に響く。

『もっと、もっと力が欲しいか───』

 その甘い言葉に否定する理由が俺にはなかった。


─────────────────────────────────────

設定:魔法習得~発動プロセス

①前提知識:書物あるいは講師から該当魔法に対する必要な知識を得る。

      ※独自開発の場合は魔法論理の構築から行う必要があり、非常に困難。

②習得過程:該当魔法に関係する経験を得る(前提魔法の熟練度など)

      白魔法の場合、奉仕活動がほとんどを占める。

③刻印転写:白魔法の場合:祈りをささげ、天啓を受ける。

      四属性、黒魔法の場合:発動用魔法陣を脳裏に記憶するか、各属性の聖地あるいは縁のある場所で天啓を受ける。

      魔法陣は紙面上構築も可、書物記載の物は転写後消滅する。

 ※親が習得状態で生まれた子の場合、その子は③の行程のみ省略可能。

 ※魔族など一部の種族は①、③が省略可能な場合が多い。

 ※特殊な魔法書では③まで習得できるが、殆どの場合*規制*で代償が必要。

④魔法発動:

  ・特定のキーワードの発声と意思を持つ方法(基本)

   攻撃魔法なら『破壊したい』と考え攻撃魔法キーワードを唱える。

  ・意図を明確にし、キーワードをまとめて発声してしまう方法

   例:「敵の体を貫け『氷柱』」

  ・特定のポーズに意味を持たせる方法

   一部の界隈で人気。

  ・思考だけなどで発動させてしまう方法(無詠唱)

   体が覚えてる必要があり、熟練者向け。


 ***

 ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

 感想など反応あれば非常にうれしいです。

 噂話って狭い界隈では光速を超える速度で伝わるのヤバイですよね。

 この町ではどこに聞いている人がいるか分からないので、地元民同士の情報は大抵筒抜け。きっとどこかの家政婦が見たに違い無いです。

 これからもよろしくお願いいたします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る