第6話 冒険者組合①+設定

 ここ、エイマスという港町はセレニア王国の東端に位置し、南は海が広がり、東は魔の森、北は険しい山々が立ちふさがる辺境だ。

 広大な魔の森を突き抜ければミトリア教国という教会の総本山があるのだが、魔の森が広大過ぎて実質的に国交は絶たれているのも同然だ。ちなみに、教国への海路もないらしい。

 そんな辺境ではあるものの、魔の森からの防衛の要所として町は栄え、それに伴い冒険者組合も大きな規模になっている。

 その冒険者組合はクエストの受発注を行う他、酒場や簡易宿泊施設、医療施設、訓練所、自習室を併設するので人の出入が凄まじい。

 酒場といっても日中は酒が出ないので食堂として機能している為、子連れでも安心だ。

 そしてここは港町という事もあり、新鮮な魚介類がふんだんに使われているせいか、他地域と比べて飯が美味いと言われている。

 医療施設には複数人の白魔法使いが待機し、治療行為はもちろん冒険者パーティへの加入斡旋も行っている。

 こういうところは一般的に荒ぶれ者が集まりそうなものだが、何人もの聖女が待機しているせいか紳士的に振舞う者が多い。

 もしも悪い態度をとっていると聖女の間で情報が共有され、どの聖女からも期待した回復魔法を受けられない可能性があるからだ。

 聖女は嫁の次に怒らせてはいけないと言われる所以だ。

 そういう場所だから子供を連れてゆく事に問題はない。

 連れて行ったらどうなるか?

 それは聖女にアピールしたい男どもがこぞって“いい人”を演じに寄ってくる。

 知った奴が子煩悩になるのを見ているのも面白い。

 なんといっても、うちのナタリアはリタと俺にしか懐かないのだ。


 そして今回、ナタリアを連れてきた。

 すると、予想通りに何人もの男どもが寄ってきた。

「ナタリアちゃん、今日は俺と遊ぼうぜ~。甘いお菓子があるぞ~」

(そんな言葉に乗る訳がないだろう・・・)

 ナタリアの反応はというと、俺の裾をギュっと掴んで俺の影に隠れようとする。

 俺を頼ってくれることに感動を覚え、この上ない高揚感を感じる。

(おっと、ちょっと目から汗が出てくるぜ)

 その直後だった。

「ナタリアちゃん、今日も可愛い~♡」

 リタの声が聞こえると同時に俺の袖を離し、リタの元に駆けつけ抱きしめあっていた。

 そして、リタの勝ち誇った顔が俺を苛立たせる。

(うおおおおおん・・・リタめ・・!!許さん、許さんぞ!今に見ていろ!)

 しかし、今日の目的は黒魔法の書物を探す事だ。

 きっと書物一つで立場を逆転できるに違いない。


 今日のリタは医療施設の当番らしく、その対応をしながらナタリアの面倒を見てくれている。

 手すきの時は文字の読み書きを教えてくれいるのが有難い。

 俺は二人と別れ、自習室で黒魔法の書物を探す事にした。

 冒険者としては初歩でも黒魔法が使えるとなると、戦闘に有利に働く事があるのだ。

 どうなっても、決して無駄にはならないだろう。


 暫くの間、俺が黒魔法の本を探していると本棚の一番上の段に薄紫色の背表紙が目についた。

 こんな本があったのだろうかと思いながらも手に取って読む。

 だが、書いている内容が難しく、理解は遠く及ばなかった。

 次第に文字が記号に見えてきた上に、ミミズのように動くようになった。

 これほどまでに勉強が苦手なのだろうかと、自信をなくすとともに、吐きそうなくらい気持ち悪くなっている事に気が付く。

(いかん、これでは読んでるとは言い難い。魔法の勉強とはこれほどまでに大変なのか・・・)

 本を閉じ、疲れ目を回復させるべく目頭を押さえているとリタの声がした。

「ライ~、勉強、ひと段落ついた~?お昼にしない?」

 それほど時間はたっていないので、かなり早い時間かと思ったが、しぶしぶ酒場の方に戻る事にした。

 当然ながら酒場は人が少なかった。きっとナタリアがお腹空いたと言って聞かなかったのだろう。

「まだ少し早すぎたんじゃないか?そんなに腹が減ってるのか」

 そう言った途端、グ~と腹の虫が鳴った。

「ほら、ライだってお腹空いてるじゃない。もう昼のピークは過ぎてるんだから当たり前だよ」

「あたりまえらよ~」

 そう言われてようやく空腹だと気が付いた。

(まさか、勉強の拒否反応で寝てしまったのか!?)


 それからメシを食べながら雑談していると、リタの仕事の話が始まった。

「そうそう、午前中にサイが大怪我して帰ってきたのよ!暴れるから手当するの大変だったわ~」

 サイは魔王討伐に参加したメンバーだったが、負けても装備が手に入るという当てが外れたせいか反発的になり、パーティも離脱してしまった。

 最近、別のパーティに加わり報酬の美味いクエストに行ったと聞いていたが、どうやら白魔法使いを連れて行かなかったらしい。

「一体、クエストでどこまで行ってたんだ?」

「たしかー・・・メウィプルハースって言ってたかしら」

 メウィプルハースは小さな村だったが、1年ほど前に魔物の襲撃によって壊滅し、今でも廃村のままだ。

 位置的にはここから山沿いに北に向かった先で、襲撃以前は魔物が出たという情報はなかった為、無防備だったのだ。

「あそこかぁ、あの時、俺たちは間に合わなかったんだよな」

「そうね、でも生き残りが居たって話よね?」

「ああ、たしか、上級冒険者が助けて、引き取ったって話だったよな」

「そうだったんだ、その上級冒険者って誰なの?」

「ん?あー・・・忘れてしまった」

 当時、組合の受付嬢からその人物の話題が何度も出たくらいだから、この町の冒険者なのは間違いない。

 しかし、会った事がないのなら、覚えてないのも当然だ。

(本当に会った事が無かったのだろうか・・・)


─────────────────────────────────────

設定:冒険者組合の治療施設

 冒険者組合の治療施設では白魔法使いが治療を施すが、その方法は白魔法とは限らない。それは魔力切れを想定した訓練である事と同時に患者の為でもある。

 ポーションにも言える事だが、頻繁に同じ回復手段に頼っていると中毒症状を起こすからだ。

 中毒症状となれば回復効果の低下もさることながら、判断能力の低下、めまいに吐き気、さらに悪化すれば死に至る事もある。そのため、治療方法は組合職員と協議し、クエスト中の回復手段の情報や、最近の治療歴から判断される。

 尚、今回のサイの治療は一般治療が選ばれた。

 彼には休養が必要だと判断した。より正確には頭を冷やす時間を設けるため。


***

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

感想など反応あれば非常にうれしいです。

勉強って嫌ですよね~。私もよく勉強始めたと思ったら寝不足が解消されている事がありました。子守歌より効果高いです。

これからもよろしくお願いいたします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る