最後のショパン
一人になった琢磨に道子は近づき、
「応援団長の件はどうなったの?」道子は、それを知っていたのだったが、琢磨と話しがしたかったのだった。
「はい、道子先生の言う通りに、ほかの人に任せることにしました」琢磨が言った。
「そう、安心したわ。とにかく、今は受験勉強に専念するのよ」道子は言った。
琢磨は返事はせずに、少し俯き、その場を離れて行った。
そう言った道子は内心で思っていた。「何時か私の思いを彼に伝え、彼とレナを別れさせ、彼を私のものにするのだ。」彼女は心の中で強く決意していた。
そして、その日。帰ろうとする道子の後ろから、突然声がした。
レナだった。とっさに道子の顔色が変わった。その顔色には、明らかな嫌悪感が浮かんでいた。女の醜い嫌悪感だった。
「先生、お話があるんですけど」レナが言った。
「なに・・・」
「・・・・・・・」レナは無言で、俯いていた。
「何なの・・・・」その口調は生徒に対するものではなかった。
「ここではちょっと・・・・・」レナは困ったように俯いていた。
「音楽室に行きましょう」道子が言った。
二人は音楽室で座ったまま向き合った。道子はピアノの古い木製の椅子に腰を掛け、ピアノに肘をついていた。そして彼女は言った。
「私に何か用があるの?」
その口調からは、明らかに、敵意が滲み出ていた。二人は黙ったまま向き合った。
すると黙り込んでいたレナが、突然口を開いた。
「私、妊娠してしまったんです・・・」
二人の間が凍り付いた様に、時間の流れが一瞬止まった。
「えっ、・・・・」道子は、その瞬間に青ざめた。
彼女は、混乱した。「まさか琢磨が、私の琢磨が、こんな子と・・・・・」そして道子は絞り出すような声で、訊ねた。
「相手は、誰?」
「琢磨です」レナは、俯きながら、はっきりと、言い切った。
俯くそんなレナを、道子は震えるような声で怒鳴りつけた。
「両親に言って、さっさとおろしなさい‼」
その言葉に、生徒に対する思いやりは微塵もなかった。
一人の女に対する、憎しみと憎悪に満ちた言葉だった。
しかし、レナが驚いた事を口にしたのだった。
「先生、私、高校を辞めて、子供を産もう思うんです」
「そして、琢磨と一緒に育てていこうと思うんです」
その言葉は道子にとって、レナからの挑戦状にも思えた。
「何言ってんの。琢磨がそんなこと、了解するわけないじゃないの!」
道子はレナを、再び怒鳴りつけた、その時、彼女の背後から声がした。
「いや、僕は了解しました」
道子が驚いて振り向くと、そこに琢磨が立っていた。
「先生、僕は了解しました。僕は、受験をやめて、高校卒業したら、レナのために働きます!」
「ダメよ、ダメ。私が許さないわ!」彼女が激しく叫んだ。
「先生、レナを守ってあげてください」
「これから変な噂が立つと思うんです。ですから、レナが退学するまでの間、僕と一緒に レナを守ってあげてください」
それを聞いた道子は、呆然とし、何も言えなかった。
そして二人は、手を取り合って、音楽室を出て行った。
道子は思った。「許さない、絶対に許さない。琢磨は私のもの・・・・・」
仕事が終わり教員室を出ようとする道子にその日、岡田が声を掛けた
「道子先生、帰りにお好み焼きでもどうだい?」
「ごめんなさい、今日約束があるの」道子はありもしない約束を理由に断った
初雪で覆われていた路面の白い雪は消え、並木から降った枯葉で、まるで赤黒い絨毯が敷かれたように、赤黒く覆われていた。その赤黒い絨毯の上を道子は歩いていた。何かを考えながら・・・・・。
次の日、授業が終わり、チャイムが静かになった。
「それじゃあ、今日はこれまで」道子が言った。みんなが、少し鬱陶しそうに席を立ちあがったり、弁当をカバンから取り出したりし始めた。昼休みだった。
すると道子は琢磨を呼び止めたのだ。
「琢磨、すぐに音楽室に来て」
琢磨は何も思わずに黙ったまま、音楽室へ向かった。
彼女が部屋に入ると道子が言った。
「そこに座って待っていて・・・」
琢磨は何も言わずに、言われるままに、音楽室のピアノに背を向けて、少し俯き、腰を掛けていた。
すると道子も何も言わずに、そっとピアノに近づくと、少し重く、古い木製のピアノの椅子に、彼女の冷たい手を、そっと掛けた。
そして彼女はその木製のピアノの椅子を持ち、後ろから、俯く琢磨に近づき、彼の頭の上に何も言わずに、その少し重く、古い木製の椅子を振り上げ、彼の頭めがけて、憎しみ、いや、憎しみを超えた愛情を込めて、力いっぱいその椅子を振り挙げ、振り下ろした。
その日も昼休み、道子はピアノを弾いた。悲しげに、虚しげに、血のついた木製の古い椅子に座り、道子はピアノを弾いた。
ショパンを弾いた。ワルツだった・・・・・。
特別授業 -女教師の禁断の恋- k.yosi @YosieKazuki
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