come to a close

ひとりで、生きてきた。

顔はブスだしスタイルも悪い。

目が悪いからやぶにらみだし、鼻炎のせいで常にずるずるやっている。

おまけに性格はもっと悪い。基本的に自己中心的で、何事にも無関心。

当然、人に愛されるようなことはない。

だから、せめて、自分だけでも自分を愛するようにした。


みんなが他人と遊ぶのに使うお金を自分に使った。

いいものを身に着け、いいところに行き、いい経験を積んだ。


結果、金持ちに見えたらしい(笑)

なんか、誘拐された。


別に騒ぐつもりもなかったのに、口にべったりガムテープ。

唇、荒れてるんだよね。

ガムテープはがすとき、絶対に皮もはがれるだろうな。

最悪。


犯人の一人、ニット帽をかぶった男(以下ニット)が私の携帯を取り上げた。

どうやら、身代金の要求先を探しているようだ。


アドレス帳をめくる手が止まる。

どうやら私の親族を見つけたようだ。

私の苗字は「い」から始まる。

アドレス帳を順番に見ていけば、すぐに同じ苗字の連続にぶち当たる。

それほどありふれた苗字でもないから、これが私の親族だ、と見当をつけるのはバカでもできる。


思った通り、ニットはにやりと笑うと、通話ボタンを押した。

同じ苗字のうちの誰か……おそらくは唯一の男性名を持つ、登録ナンバー003にかけたのだろう。

同じ苗字を親族と推測すれば、そこに存在する唯一の男性が父親であるというのもまた簡単な推理だ。


いや、普通なら、父のほかに旦那という選択肢もあるのかもしれないが、こと私を相手にした場合、その候補を挙げるほうが難しい。


「もしもし? い××× ××××さん? あぁ……ちょっとね……お宅の御嬢さんを預からせていただいてましてね……」


いまどきフィクションの世界でもお目にかかれないような典型的な誘拐犯のセリフを吐く。

が、ニットのにやにや笑いもここまでだった。

怪訝そうに、そして眉間にしわを寄せ、目を見開き。

「はぁ? 娘がどうなってもいいのかよ!? え、いい? あ、いや、ちょっ、まっ……」

耳から離した携帯を、お化けでも見るような目つきで眺める。


それもそうだ。

普通「娘を誘拐した」と言ったら、相手が「そんな! 娘は無事なんですか!?」と取り乱してくることを想定する。

誘拐犯にとって最も悪いケースでさえ、「いたずらはやめてください」と取り合ってもらえないことだろう。


だが。私の父はその上を行った。

電話の声を聞かなくてもわかる。


「そうですか。でも、娘のことは娘の責任ですから、私には関係ありません」


うちはちょっと変わった家庭で、いわゆる家族愛のようなものがない。

成人し、独り立ちすれば、もう赤の他人と同様なのだ。

もちろん戸籍上・DNA上、間違いなく親子であるが、実生活になんら影響を与えるものではない。


なんでそんなことになったかは説明できないが、なんとなくわかる。

私も家族に愛情なんて抱いてないからだ。

父も、母も、姉も、妹も、みんななんとなく私に似ている。

外見も、中身も、取り立てて愛すべきところなど持たない私に。

進んで関係を保ちたい様な人種ではないのだ。

たぶん、みんなもそれぞれ、互いに互いをそう思っている。


だから、父は私が誘拐されたところで痛くもかゆくもないし、仮に身代金を請求されたとしても、私のために一銭も出す気はないのだ。


ニットは気を取り直して、別のところへ電話をかけている。

おそらくは、そのすぐ下、登録ナンバー004の母のところへ。


……この電話もすぐに終わった。


その下の二人、登録ナンバー005:姉と006:妹にもかけたが、みんな同じ反応だったことは、ニットの顔を見れば聞かなくてもわかった。

というか、顔を見なくてもわかった。

私にとっては当たり前のことだから。


ニットは家族から身代金をとることを諦めた。

でも、身代金をとること自体は諦めていなかったらしく、しつこく携帯を弄繰り回していた。


でも、残念。

メールはメルマガと会社の業務連絡だけ。

着信履歴はほとんどなし、発信履歴は会社や病院ばかり。

登録アドレスも「008:○○部長」「009:△△課長」……以下数人続くアドレスも、カテゴリ「会社」だからただの同僚。

ほかは……「013:××内科」「014:□□眼科」「015:○×耳鼻科」「016:△○リラクゼーション」医者とマッサージのお店。予約を入れるのに必要だから登録してある。


ちなみに001は自宅の家電、002は会社の代表番号。

ザッツオール。以上。おしまい。


「誰かいねぇのかよ」

口調こそ乱暴だけど、私を見る目は明らかにおびえている。友達のアドレスが一件も入っていない携帯電話は、彼には理解不能なものらしい。

「誰って何が」

もう一人の誘拐犯、変装のつもりか、夜中なのにサングラスをかけた男(以下グラサン)が初めて口をきく。

ちなみに私の口をガムテープでふさいだのはグラサンだ。

私を車に引きずり込んだり、縄で椅子に縛り付けたりしたのもグラサンだ。

ニットはグラサンに黙って携帯を渡す。

グラサンもぽちぽちと携帯をいじって「ハッ」鼻で笑った。「友達いないとかこのブスマジウケル」失礼な男だ。


「この家族っぽいのにかけたんだけどよ、『娘のために出す金はありません』とか言って切りやがるしよ、なんなんだよ」

苛立ちを隠そうともしないニット。

「まぁ落ちつけって」

グラサンが半笑いのまま宥める。

今までの行動から、ニットが頭脳労働担当、グラサンが肉体労働担当だと勝手に思っていたけれど、グラサンのほうが頭はいいのかもしれない。


「金が手に入らないなら、このブス捕まえてる意味ないな。やることやって、さっさとずらかろうぜ」

ようやく笑いが収まってきたのか、先ほどよりは真面目な顔のグラサン。

「やることやって、って? ……お前、まさか、こんなブス相手に?」

グラサンの言葉を繰り返したニットが青ざめる。


「お前な、冗談はやめろよ。何が悲しくてこんな鼻水たらしたデブスとヤるんだよ」

今度はグラサンが青ざめる。

つーかさっきからブスだのデブだの言いたい放題言いやがって。事実だけど。


もちろん、私はヤられる心配なんてしていない。

大学の時、いわゆる「○人斬り」を自慢している男が同じサークルにいた。

その男は、美人やかわいい子は当然として、ブスとかデブとか、あるいは極端なガリとか……普通の男性なら性的魅力を全く感じないような子でさえ、「生物学的に女であれば俺のターゲット」と言ってはばからなかったし、実際行為に及んでいた。

そんな下半身男の彼でさえ「お前は無理」と私に言った。

この二人があの男より見境ないとは思えない。


とすると、なにを「やる」のだ?

タイミングよくグラサンが答える。

「鞄から金目の物漁るんだよ。はした金にしかならないだろうけど……まぁ、時給10,000円、ってとこか?」

「なるほどな。この時計に指輪、あの鞄……50,000円くらいにはなるか?」

「身代金がっぽり、とはいかなかったけどよ、それほど効率悪い仕事でもないべ」

「そう考えたらバイトよりはいいけどよ、でももし次やるなら、親が泣いて身代金払うようなかわいい子を狙おうぜ」

「そうだな」

相変わらず失礼なことを言いながら、二人は部屋を出ていく。私の鞄は、車の中に置きっぱなしだ。


と、グラサンが振り返った。

「終わったらよ、逃がしてやるからな。俺たちのことはなかったことにしろよ」


さすがに数万円程度で私を殺そうとは考えていなかったらしい。

グラサンもニットも、大きいマスクで顔の下半分は隠れているから、街ですれ違ってもわからないだろう。

誘拐されて泣き寝入りなんて、と一瞬思ったけど、よくよく考えたら大した危害を加えられたわけでもないし、無事に帰してくれるなら、それはそれで十分な気がする。


私が小さく頷くと、今度こそグラサンは部屋を出て行った。


このまま、少し待てば、彼らの物色が終われば、帰してもらえる。

そうしたら、ご飯を食べて、シャワーを浴びて、寝てしまおう。

起きたら着替えて、会社に行って、またつまらないいつもの一日が始まる。


……別に怪我するようなこともなかったし、この誘拐は私にとっても面白い刺激だったかも。


そんなことさえ考えながら、私は二人が戻るのを待った。






その時は唐突に訪れた。



鼻が、詰まった。


口は、ガムテープでふさがれている。

ご丁寧に幾重にも巻かれて。


手は、縄でくくられている。

椅子にしっかりと結ばれていて、動くこともできない。


そうだ。誘拐されたから。

いつもの鼻炎の薬を飲んでいなかった。


思い切り空気を吸ってみる。

「プピー」

間抜けな音を立てて小鼻が吸い付いた。


吹き出しそうになるが、鼻から息は出て行かず、耳に内側から圧力がかかった。


もう一度吸う。

ほんの少しだけ、小鼻が吸い付くまでの間に少しだけ、空気が来る。


だけど足りない。全然足りない。


どうしたらいい。苦しい。口が開けられれば。

唾液で濡らした下を、唇の間に挟み込む。

ガムテープの粘着面を必死に舐め、わずかな隙間ができる。

だが、幾重にも巻かれたガムテープ。

口から息を吸おうとしても、テープが口に張り付くだけだ。


鼻には小鼻、口にはテープ。

苦しい。


子供のころ、ふざけてビニール袋をかぶって、窒息しかけたことを思い出す。


……窒息?


頭、痛い。耳鳴りがする。苦しい。




一人で生きてきた、誰にも愛されなかった。

だから、死ぬ時も一人なんだろうなとは思っていた。


でも、でも、こんな死に方、
















投稿日時:2013年01月19日 05:40

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