銀杏並木にて

さがしものをしているんです


その人は言った


いっしょにさがしてくれませんか


大きな体にくぐもった声


酷くおどおどした様子はたくましい外見にミスマッチだ


知らない男性の突然の申し出


なんとなく気になったから受けることにした


何を探しているんですか


その人はかぶりを振った


おぼえていないんです


心なしか悲しそうだった


だけどとてもとてもたいせつなものなんです


覚えていないのに大切だってわかるんですか


彼はポケットから何かを出した


年季の入った定期入れだ


ここにはさんでいたんです でもいつのまにかなくなってしまった


黒い革の定期入れは擦り切れてボロボロだ


あれ、この定期入れ……


ちょっと見せてもらっていいですか


どうぞどうぞ


彼から定期入れを受け取った


開いてみると、写真が入っていた


この女性は彼の奥さん 腕の中の赤ちゃんは彼の娘


私は足元を探した


一枚だけ、銀杏の葉が落ちていた


はい、これ


彼にさしだす


無くしたのの代わりにはならないけど


彼はそれを受け取ると嬉しそうに笑った


ああそうだ むすめはいちょうがすきでねえ


それじゃ、私はこれで


どうもありがとう


一度彼に背を向けて 定期入れを返し損ねていたことに気づいた


あ、これ、


ふりむくと そこには誰もいなかった


少し肌寒くなった風が まだ青い銀杏の葉をゆらしている


もう……幽霊の季節は終わったわよ、お父さん


古ぼけた定期入れをポケットに入れると


そこがほんのり暖かくなった気がした






掲載日時:2013年09月10日 12:10

お題:何でもいいから 「秋の訪れ」 を作品のどこかで感じさせてください

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