きのせいですよ、すこし休暇をとったらいいんじゃないですか
違和感を覚えたのは今朝のことだ。
ロッカーの扉の開き具合がいつもより狭いように思ったのだ。
俺のロッカーは一番右の列にあり、元々扉を全開することはできない。
ロッカーの右側にサーバのラックがあり、それが邪魔をしているからだ。
俺の会社は今を時めくソーシャルゲームの管理会社。
携帯やスマホでアクセスして、ぽちぽちボタンを押せば進んでいく、あの手のゲームをいくつか提供している。
そのなかでも稼ぎ頭のゲームは、pixivの人気絵師とやらを起用して描かせた美麗グラフィックが話題となり、それなりの人気を博している。
毎月一回描き下ろされるプレミアキャラのお蔭でアホみたいに金を使うユーザもいるので、俺たちは笑いが止まらない。
ここで並の人間なら調子に乗って、会社を広げたり給料を際限なく上げたりして、贅沢の世界へと飛び込んでいくのだろう。
だが俺は、身の程というものをわきまえていた。
どうせこのソシャゲブーム、一過性のものだ。
俺たちのゲームにしたって、ゲームシステム自体は使い古されたお粗末なもの、グラフィックの美しさだけではいずれ飽きが来る。
新しいビジネスモデルが出来れば一気に廃れる可能性だってあるのだ。
だから、そのモデルが出たときに、会社を畳むかそちらに鞍替えするか、判断し迅速に動けるだけの金を残しておかなきゃいけない。
人数は少ないんだ、大きな一等地の事務所など必要ない。そんなものを用意したら、会社を畳む際に処分に困る。
事務所だけじゃない。基本的に、固有資産と呼ばれるもの、いざとなったときに処分に困るものは極力持たないようにというのが我が社の方針だった。
そんな我が社の数少ない資産の一つが、ロッカールームにあるこのサーバだ。
ソシャゲはデータが命。
ゲームデータを保管しているサーバとは別の、顧客情報などの重要な情報を格納しているサーバがこれなのだ。
会社の命綱ともいえるこれらの情報の管理だけは、データ管理会社に委託するわけにはいかない。
元々我が社のオフィスはこの部屋だった。開発規模が大きくなり、人数が増えたから、隣の空き部屋を新しく借りた。
その時デスクやパソコンは全て隣の部屋に移動したが、サーバだけはそのままこの部屋に残した。
元々サーバは頻繁に移動するような性質の備品ではない。
むしろ万が一何かの間違いで動いてしまい、各種ケーブルが外れて運用が停止するようなことになったら大損害であるため、床にしっかりと固定することが多い。
オフィス拡張にあたっても、サーバを止めて、固定具を外して移動し、また配線をやり直して再起動するよりは、このままここに置いておこうということになった。
こうしてサーバの隣にロッカーが置かれる。
ぴったりと隣においてしまうとロッカーの扉が開かなくなるし、サーバの熱排出の妨げにもなるから、ロッカーとサーバの間には20センチほどの隙間があった。
だから、ロッカーの扉を開ききることは出来なくても、出し入れに不自由を感じるほどではなかった。
だがその日は、扉がサーバのラックにぶつかったのだ。いつもと同じように開いたはずなのに。
不思議に思って隙間を見てみると、18センチもないように思える。
反対側の床を見ると、絨毯にあとがついているのが見て取れた。
間違いない、サーバはもともとあった位置から、わずかにロッカー側へと移動しているのだ。だから、いつもと同じだけ扉を開こうとして、サーバにぶつかってしまったのだ。
だが、誰がそんなことをしたのか。そもそもサーバには固定具が付けられていて、床から動かせないはずだ。
固定具を調べてみたかったのだが、陰になっていてよくわからない。
あまりにも気になったので、進捗会議の時に「誰かロッカー室のサーバを動かしたか?」と聞いてみたが、参加者全員に鼻で笑われて終わってしまった。
気のせいだったのか。
いや、でも確かに俺は、この目でラックの移動した跡を見た。
帰る時、ふと思いついて、備品からビニールテープを持ってきた。
ロッカーとサーバの間にぴんとテープを張って印をつけるのだ。
明日出社したら、その印と実際の位置を比べてみよう。
そうすれば、移動しているかどうかが明らかになる。
俺は、なんだか推理小説の探偵役になったような気がしてわくわくしながら、胸ポケットのマーカーを取り出した。
(了)
投稿日時:2013年10月13日 18:36
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