はじめてのおつかい

「はじめてのおつかい」というテレビ番組があります。

夏休みやお正月などの大型連休に放送される特番で、番組名の通り子供の「はじめてのおつかい」の様子を流す、感動系の番組です。


あらかじめ謝っておきます。

番組が好きな人は、気分を害するかもしれません。

ごめんなさい。


昔はこの番組が好きで、よく観ていたんです。


幼稚園に行くか行かないかくらいの小さな子が一生懸命お使いをする様子。

雨に降られてしまったり、買い物袋が破けてしまったり、頼まれていた商品が売り切れだったり……といった様々なハプニングを必死で乗り越えていく様子。

始終笑顔の子、途中で泣いてしまう子、なぜか怒り出す子……三者三様、だけどお使いが無事終わり、お母さんの待つおうちに帰ると、みんな安心感と達成感でとても素敵な表情になる……。


ここ何年か、地デジ化の波に乗れなくてテレビなし生活を送ったり、ようやくテレビを買ったかと思ったら今度は仕事が忙しくなってテレビどころじゃなくなったり、番組は相変わらず続いていましたが、しばらく観る機会がありませんでした。


そして先日、実に久しぶりにその番組を観て……悲しくなりました。


「おつかい」の内容がハードすぎる!!!


繰り返しになりますが、この番組の主役は、はじめて一人で(あるいは弟妹と)おつかいをする、小さな子供です。

年齢にして……だいたい3~5歳くらいでしょうか。


そんな小さな子のおつかい、それも初めてのお使いなのに……


・重たいものやかさばる物を頼む

・お使いの行き先が何か所もある

・お使いの場所が遠い

・お使いの額が高い


こんな悪条件。


大人だって、一度に何か所も回るような用事があるときには、メモを用意したりするでしょう。

でも、子供たちはまだ小さくて文字が読めなかったりするから、メモもなく、復唱して覚えさせたりする。


もし行き先を忘れてしまっても、大人なら、書いたメモを見て思い出したり、あるいは行くのを忘れてしまっても「また今度でいいか」などと簡単に判断することができます。

でも、はじめてお使いに出た子供は、行かなきゃいけない場所があることは覚えていてもその行き先が思い出せないとき、どうしていいかわかりません。


荷物もそうです。

大きくかさばる物を購入するのに、子供サイズの小さな手提げしか持たせない。

その結果、手提げから商品があふれてしまったり、袋が2つになってどちらかを置き忘れてしまったりする。

あるいは、無理やりビニール袋に詰めた結果、袋が破けてしまって道端で立ち往生したりする。

他にも、雨に降られたり、押しボタン式の信号がいつまでも青に変わらなかったり。


どうしていいかわからず戸惑う子。

怒られるんじゃないかと心配して落ち込む子。

心細くなって泣いてしまう子。


そのあとその子たちは、通りすがりの親切な人の助けを得たり、自分で立ち直ったりして、何とかお使いを達成させるわけで、その「困難を乗り越える感」が感動を生むのでしょうけれど……


もちろん、自然発生的なハプニングを期待していたら、番組が成立しないことは分かります。

でも、なんか、子供、かわいそう。


世界を救う勇者様だって、最初はその辺のスライムから始めるというのに、この子たちはいきなり竜王の前にほっぽり出されたようなものではないですか。





そんな私の初めてのお使いは、もちろんスライム退治でした。

あれはいくつの時だったかな。



…………………………………………



行き先は近所のお豆腐屋さん。

買うものは、木綿のお豆腐一丁。


道順はほぼ一本道。

アナログ時計の針を想像してください。9時です。

短針の先が家で、長針の先がお豆腐屋さん。


左手にタッパー、右手に百円玉。

「『もめんのおとうふ いっちょうください』っていうのよ」

母に教わった言葉を呪文のように繰り返し、麦わら帽子をかぶせてもらって、出発。


100メートルほど行くと、曲がり角。

左に曲がってまっすぐ行けば、お豆腐屋さんはすぐそこ。

母と一緒になら何度も行っているお豆腐屋さんなのに、右に曲がりかける残念な私。


家の前で遊ぶとき、まだ小さかったから、その曲がり角までしか行っちゃいけなかった。

右でも左でも、曲がり角の先へ行くときには、必ず誰かが一緒じゃないとダメだった。

毎日通っているはずの道なのに、なんだかいつもと違うような気がした。


タッパーと百円玉を握りしめ、少しだけ緊張しながら左へ曲がる……

目的地のお豆腐屋さんはこの段階で既に視界に入っている。

顔なじみのお豆腐屋のおじさんに、ご挨拶。

「こんにちは」

「こんにちは」

「もめんのおとうふください」

一丁、が抜けてしまった。

タッパーを差し出す私に

「ひとつでいいのかな」

聞くおじさん。

子供だから「一丁」じゃわからないかもと思って「ひとつ」って聞いてくれたのかな。

「ひとつください」

「あいよ」

おじさんが、水槽からすくってくれるお豆腐は、水を反射してきらきらしていた。

背伸びして百円玉を渡す。

お釣りの小銭はおじさんがビニールに入れてくれた。

「お水が入っているから、ななめにしてこぼさないようにね」

わざわざカウンターから外に出て、豆腐を手渡してくれるおじさん。

「ありがとー」

受け取るときにさっそく少しこぼれた。

「おいおい、気を付けて」

おじさんが、タッパーを水平に持つやりかたを伝授してくれる。

一つ大人になったぞ。


ものすごく真剣な顔で、えっちらおっちら家まで戻る。

明らかに曲がり角まで出てきて見守っていた母が、玄関で出迎えてくれた。

「ありがとう、ちゃんと買えたね。偉いね、頑張ったね」

ピアノが上手に弾けた時とも、水泳の級が上がった時とも違う「偉いね、頑張ったね」は、なんだか少し誇らしかった。



…………………………………………



その日の夕飯は、お豆腐のお味噌汁に冷奴、お豆腐のサラダ……と豆腐尽くしでした。

仕事から帰ってきた父に「このお豆腐私がひとりで買ってきたんだよ!」と自慢して、そこでもほめてもらい。

とても楽しい夕食だったのを覚えています。


今になって思えば、たった一丁のお豆腐であれだけの豆腐尽くしの料理が賄えるはずもなく。

あとから母が買い足しに行ったのだと気付いたのは、何年もたってからでした。



距離にして、約300メートル。時間にして、約10分。

それが私の「はじめてのおつかい」。


大きなハプニングもなく、それゆえに特筆すべき感動もなく。

テレビで流せるようなドラマチックな要素なんて一切ない。


でも、テレビカメラやスタッフの目がなくても、物陰からこっそり見守っていた母がいて。

小さな手にタッパーと百円を握りしめた、まだまだガキンチョな私がいて。

「肉大好き、お肉ないの?」が口癖のくせに、ヘルシーな食卓を前に満面の笑みだった父がいて。


そんなありふれた「はじめてのおつかい」でもいいじゃないか。

涙ぐむ芸能人たちを画面越しに見ながら、そんなことを思った、一人暮らし三年目の夏の夜なのでした。


※作者注:本作品の中で触れている「久しぶりに観た回」は、2013年7月の放送のことではなく、この作品の原案になった日記を書いた時のものです。




投稿日時:2013年07月18日 01:24

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