あの名作を君はどのような気持ちでプレイしたのだろうか

「K先生の絵は海外でも評判が高くて……」

色鮮やかなスカーフを巻いた女性の説明を聞きながら、僕はため息をついていた。


遠距離恋愛の彼女が久しぶりに帰省するはずだった今日、パソコンには二通のメールが届いていた。

一通は彼女から、用件はただ一言「今日帰れなくなった」、もう一通は宣伝メールで「K先生個展のご案内」ゲームの原画で有名な某画家先生の個展開催の案内だった。

彼女と僕とは大学のサークルで知り合った。やや派手な学生が集まるそのサークルで、インドア派の僕と彼女は自然と二人で固まるようになっていた。

いつの間にか男女の関係になって、卒業後もそのままずるずる続けているが、就職を機に東京に出てしまった彼女と地元に残った僕の間から共通の話題は当たり前だが減って行って、今では彼女を愛しているのかどうかも怪しい。

そして彼女と同じく東京に行ってしまった親友から「U子が男とラブホから出てくるのを見た」というメールが届いたのが1か月前。その少し前から彼女からのメールが減っていたのは気づいていたが、どうでもいいと思っていた。あっちで新しい男を捕まえたのだろう。なぜか悲しさも悔しさもなかった。

だから三連休の帰省を彼女がキャンセルしたことも別に不思議ではなかった。新しい男の家にでも泊まり込んでいるんだろう。

そのこと自体はどうでもいいが、どうせ帰る気がないんならもっと早く連絡をくれればよかったのに。僕の三連休の予定はどうしてくれるんだ。


時間を持て余して個展に来たものの、やっぱりつまらなかった。

僕はK先生にもK先生の担当しているゲームにもあまり興味はなかった。

ただK先生が原画を担当しているその有名なシリーズは彼女のお気に入りで、僕は良くそのやりこみ話を聞かされた。ゲームは嫌いではないがやりこみに興味のない僕にとって彼女のやりこみ話は呆れるようなものだった。

「ヒロインの部屋の額縁の前で決定ボタンを10回押すと、彼女のイラストがアップで表示されるっていうのは有名な小ネタだけど、100回押すと原画版の絵が表示されるんだよ! これを知っている人はあんまりいないよね」

その小ネタ自体を僕は知らない。


案内の女性はとにかく絵を売りつけようとセールストークを展開してくる。

「こちらの4号サイズのものは壁やお部屋に飾ってもちょうどいい大きさで、お求めになられるお客様も多く……」

女性が示したのは偶然にも、彼女が教えてくれた「100回押すと表示されるヒロイン」だった。

「これ、アルティメットファンタジア7の裏技の……」

思わず僕が呟くと、女性は驚いた顔をした。

「あら、ご存じなんですか? すごいですね! UF7のヒロインだと分かっても『描き下ろしですか?』って質問なさるお客様も多いんですよ!」

値段は10万ちょっと。

「いかがですか? もし一括ですと、こちらの端数はお引きすることが出来ますが」

「いただきます。このまま持ち帰れますか」

乗り気でなかった僕のかわりように、彼女はさらに驚いた表情になったが「は、はい、少々お待ちください」僕の気が変わらぬうちにと思ったのか速足で伝票を取りに行った。


家に戻って額縁からその絵を抜き取り、二つに裂いて封筒に入れる。

封筒の表に彼女の名前と住所を書く。裏には何も書かない。


アルティメットファンタジア7。

世界中で人気を博したそれは、愛を誓い合った主人公とヒロインが離れ離れになり、それでもヒロインを信じる主人公と、主人公を忘れて別の男のものとなったヒロインの、悲しいすれ違いの物語だ。


空になった額縁を壁にかけて、僕は煙草に火をつけた。




2014年02月22日 15:18

※三題噺:パソコン 女性 額縁

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