月姫ちゃんと赤いお月様

むかしむかしある村に、月が大好きな女の子がいました。

満月の美しい晩に生まれたので、その子は皆から月姫ちゃんと呼ばれていました。

女の子もそのあだ名をとても気に入っていました。

そして、月の大好きな女の子になりました。


むかしから、夜空にぽっかり浮かぶ月は、ひとびとのそばにありました。

だから月には、とにかくたくさんのお話がありました。

月に住むカニの話や、月の国のお姫様の話、月を盗んだ男の話……。

ロマンチックな話から面白い話、ちょっと怖い話まで、いろいろです。


お話を知れば知るほど、月姫ちゃんはもっと多くのお話を聞きたくなりました。

旅人や行商人が来ると出かけて行って、その人の国に伝わる月のお話をせがむのでした。


困ったのが行商人です。

村に来るたびにお話をするので、もう月姫ちゃんの知らないお話がありません。

それなのに月姫ちゃんは今日も「月のお話を聞かせて。新しいお話がいいな」とせがんでくるのです。


行商人は考えました。

(そうだ、ちょっとばかし、こわい話を聞かせてやろう。

 こわい思いをすればしばらくは、新しい話も聞きたがらないに違いない。

 怖い話でも月の話なのだし、なあに、何の問題もないさ)


「空に浮かぶお月様は、だいたいいつも黄色や白だ。

 だけど、他の色に見えるときもある。青や緑、そして赤。

 赤いお月様が出ていたら、気をつけなきゃいけない」

「どうして?」

「お月様はね、お腹がすくと赤くなるんだ。

 そして赤いお月様はね」


「人間を食べちゃうんだ。特に、小さな女の子が大好物。

 それが証拠にね、赤いお月様は、地面にとても近いところにいるんだよ」

月姫ちゃんは思わず息をのみました。

大好きなお月様が、人間を、それも小さな女の子を食べちゃうなんて。


「お月様に食べられないようにするにはどうしたらいいの?」

しかしその時お客さんが来たので、行商人はお話をやめてしまいました。

月姫ちゃんは赤いお月様のことを考えながら家に帰りました。


それから毎日毎日、月姫ちゃんは月をながめては、赤くなっていないことを確かめるようになりました。

赤くなくても月が低い位置にある時には、窓を閉めてカーテンもぴっちり合わせました。

おかあさんは月姫ちゃんの様子を不思議に思いましたが、娘が夜更かしをしなくなったので特に何も言いませんでした。






それから何日かして、またその行商人が村に来ました。

月姫ちゃんは頼みます。

「この間のお話の続きして。どうしたら赤いお月様に食べられないですむの?」

行商人は困った顔をして言いました。

「どうしたらいいかは誰も知らないんだ。だから、赤いお月様が出ているときは、一人で外を出歩かないこと」


「そうそう、それから」

「お月様は、自分の名前が聞こえるとつられてそちらを向いてしまうから、あまりお月様の話をしないほうがいいかもしれないよ」

行商人が言い終わらないうちに、月姫ちゃんは家に向かって駆け出していました。

誰かに見られているような気がしたのです。


「あら、月姫ちゃん、おかえりなさい。おやつはまだよ」

「いいの、今日はもう遊びはおしまいなの」

肩で息をしながら月姫ちゃんは言いました。

「それから、あたしのこと、月姫ちゃんって呼んじゃダメ」

「どうして?」

「どうしても。つ……きって言っちゃいけないの」

「ははあん、そういうことね。わかったわ、言いません」

おかあさんはうなづきました。月姫ちゃんが新しい遊びをはじめたのだと思ったのです。

「ぜったいよ」


「ところでオテンバお嬢さん、遊びがおしまいなら、おかあさんのお手伝いをしてくれないかしら」

「いいよ、なにをするの?」

「隣村のおばあちゃんに、新しいひざ掛けを届けてほしいの」

月姫ちゃんはおばあちゃんちまでの道のりを思い浮かべました。

隣村といっても、それほど遠いわけではありません。

今はまだお昼すぎだし、いそいで行ってくれば、お月様が出る前に帰って来られるでしょう。

「わかったわ、行ってきます」







夜、隣村からの道を小走りで進む月姫ちゃんの姿がありました。

「どうしよう、すっかり遅くなっちゃった」

おばあちゃんの家を出たときにはまだ辺りは明るかったのですが、のんびり歩いているうちにすっかり暗くなってしまったのです。

あいにく今夜は雲が出ていて、星の明かりもありません。

月姫ちゃんはだんだん心細くなってきました。

「しかたないわ、明るくなるまでちょっと休もう」


月姫ちゃんが道ばたの石にこしかけて、雲が切れるのを待っていると

「こんなところでどうしたの」

急に声をかけられました。

びっくりして声の方を向くと、


そこには一人の男の子がいました。

「子供がひとりで出歩くような時間じゃないぜ」

きどった言い方がおかしくて、月姫ちゃんは思わず笑いました。

「あなただって子供じゃないの」

男の子は顔を真っ赤にしました。

「子供じゃない、ちょっと背が低いだけだ!」


よく見ると、男の子はたしかに背があまり高くはありませんでした。

月姫ちゃんのおにいさんたちや、友達の男の子よりも低そうです。

「ごめんなさい、気にしてたのね」

月姫ちゃんがあやまると、男の子はすねたように唇をとがらせました。

「おれんちはさ、にいちゃんもねえちゃんも、みんな背が高いんだ」


「みんな高いなら、きっとあなたもそのうち大きくなるんじゃないかな」

月姫ちゃんは、さいきん急に背が伸びた、ちいにいさんを思いうかべて言いました。

「あたしのにいさんもみんな高いもの。ちいにいさんも急に大きくなったのよ」


しかし男の子は、悲しそうに言いました。

「背だけじゃないんだ。にいちゃんたちはみんな人気者でひとに好かれているのに、おれは皆にきらわれているんだ」

「どうして?」

「この髪の色を見てよ」

男の子の髪は燃えるような赤毛でした。

「ほかにこんな色はだれもいないんだ。みんなこの髪を見て『不吉だ、不幸をまねく色だ』って」

そして、とてもつらそうな声で言いました。

「おれはみんなから『呪われた血の髪のちび』って呼ばれているんだ」


月姫ちゃんは、うつむいてしまった男の子を見つめました。

燃え上がるように真っ赤な髪は、たしかにとてもめずらしい色でした。

でも、とてもきれいな色でした。

「あたしは、その髪、好きよ」


「うそ言わなくていいよ」

「うそじゃないわ。だって、夕焼けみたいじゃない」

月姫ちゃんは、さっき見たけしきを思い出していました。

「空は真っ赤で、雲はオレンジで、反対側の空はむらさきで、あしもとの草も黄金に染まって、そんな夕焼けみたいな色だわ」

「本当に、そう思う?」

「もちろんよ」


月姫ちゃんは肩をいからせました。

「だいたい、髪の色が赤いってだけで『呪われた』なんて、しつれいだわ。

 今度そう呼ばれたら言い返せばいいのよ、おれは『夕焼けの髪のちび』だぞ、って」

男の子は不満そうにほっぺたをふくらませました。

「そこまで言うなら、ついでに『ちび』のところもどうにかしてくれない?」

「それは、うーん、もう少しして大きくなったら、自然に言われなくなると思うな」

「じゃ、仕方ないけどそれまで待つよ」

「うん、それがいいわ」


「ところで、きみはなんて呼ばれているの?」

「あたしはね、」

月姫ちゃんが答えようとしたとき


『月姫ちゃーん』『月姫ちゃーん』


名前を呼ぶ声がして、


むこうからおにいさんたちが走ってきました。


「いた、おかあさん、月姫ちゃん、いたよ!」

「帰りがおそいから、みんな心配していたんだ。どこかで迷子になったんじゃないか、けがでもしたんじゃないかって」

くちぐちにいうおにいさんたちに、月姫ちゃんはあやまりました。

「ごめんなさい、今日はくもっていて暗かったから、明るくなるのを待っていたの」

おかあさんは安心したように月姫ちゃんの手を取りました。

「なにごともなくてよかったわ、さあ帰りましょう」

おにいさんたちも、よかったよかった、といいながら、村へ向かって歩き始めました。

(さよならを言わなきゃ)

月姫ちゃんは後ろをふりかえりました。


そこにはだれもいませんでした。


そのとき、雲が切れて、星たちが空に現れました。

手が届きそうなくらいの低いところに、夕焼けのような月が輝いていました。





それからまた何日かして、また行商人が村にやってきました。

「ねえねえ、お月様のお話して!」

いつものように月姫ちゃんが頼みます。

「お月様の話をしていると、赤いお月様がやってくるかもしれないよ?」

行商人は声を潜めて言いましたが、月姫ちゃんはけらけらと笑い飛ばしました。

「来たらいいわ。赤いお月様、あたし好きだもの。夕焼けみたいで、すてきでしょ?」



おしまい。




投稿日時:2014年05月28日 00:04

条件:ジャンル→童話

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