幸せにする魔法
あるところに魔法使いの男の子がいました。
魔法使いといってもまだ小さい子供ですから、たいしたことはできません。
せいぜい小さな動かないものを、ちょっと動かせるくらいです。
お父さんはどんな大きなものでも自由に動かすことが出来ます。
お母さんは生き物のように自分で動くものでも動かすことが出来ます。
お父さんやお母さんに比べたら、笑ってしまうくらいの魔法です。
それでも男の子は得意でした。
だって普通の人間は、小さな動かないものさえ動かせないのですから。
「パパやママには負けるけど、ぼくだって大人になったら何でも動かせるようになるんだから!」
ところでこの男の子には、こまった趣味がありました。
とってもいたずら好きだったのです。
男の子は物を動かす魔法を使って、いろいろないたずらをしました。
おじさんのカツラをとばしたり、
女の子のスカートをめくったり、
右に置いたはずの荷物を左に動かしたり。
そうするとみんな、恥ずかしそうに騒いだり、不思議そうに慌てたり。
周りで見ている人は見て見ぬふりをしながらくすくす楽しそうに笑うのです。
それを見て男の子もくすくす楽しそうに笑うのです。
「どうしてそんないたずらばかりするの」
お母さんがため息をつきながら叱ると、男の子は言いました。
「ぼくが物を動かせば、みんな幸せになるからさ! ほら、あんなに楽しそうな笑顔になって」
ある日男の子が公園でぼんやりしていると、友達の女の子がやってきました。
その子は両手で何かを抱え、大きな声で泣いています。
いつも明るく元気な女の子の泣き顔を初めて見て、男の子はドキドキしました。
「どうしたの?」
男の子が聞くと、女の子は泣きじゃくりながら答えました。
「私のペペが死んでしまったの。もう鳴いたり走ったり甘えたりしないのよ」
一層激しく泣く女の子をみながら、男の子は思いつきました。
(そうだ、ぼくの魔法なら、死んでしまったこの犬を動かすことが出来る)
(そうしたら、泣き止んでくれるかな。笑顔になってくれるかな)
男の子はこっそり魔法のステッキを振りました。
すると女の子の腕の中の子犬がもぞもぞと動き始めました。
女の子はびっくりした顔で腕の中を見つめた後、子犬を放り出してどこかへ走って行ってしまいました。
後に残されたのは、男の子と、動かない子犬だけ。
気が付くと男の子は、お母さんから叱られていました。
「あなたがいたずら好きなのは知っていたけれど、こんなに悪い子だとは思わなかったわ!
今夜は一晩、屋根裏部屋で反省しなさい!!」
屋根裏部屋で男の子は星を見上げながら考えました。
(ぼく、悪い子なの? 犬が動かなくて泣いているあの子のために、犬を動かしただけなのに)
ぼくは悪くない、そう思うのに、女の子の引きつった顔が頭から離れません。
そこへお父さんがやってきました。
「やあ、いたずら坊主。どうしてあんなことをしたのか、パパに話してくれるかい」
どうやらお父さんは、お母さんと違って怒ってはいないようです。
男の子は正直に話しました。
女の子が泣いていたこと、犬が動かなくなったこと、魔法で動かしてあげようと思ったこと、女の子は喜ばなかったこと。
お父さんはふむふむとうなづきながら、男の子の話を聞いていました。
すべてを話し終わった男の子に、お父さんは言いました。
「今、どうしたい?」
「あの子に謝りたい。ぼくは、なにかは分からないけれど、あの子を悲しませてしまったから」
「じゃあね、謝ろうか」
お父さんはそういうと、ステッキを振りました。
女の子が現れました。
「あの、さっきはごめん」男の子は謝りました。
「ぼく、きみを悲しませるつもりはなかったんだけど」
しかし女の子は何も言ってくれません。
よく見ると、女の子は男の子の方を見ていません。
たしかにその女の子のはずなのに、まるでお人形か何かのようなのです。
ただそこに体があるだけで、男の子の話なんて聞いていないのです。
「どうした、いたずら坊主」
絶句してしまった男の子に、お父さんは静かに声をかけます。
「もう謝るのはいいのかい?」
「こんなの、あの子じゃないよ」
男の子は叫びました。体だけあっても、心が、魂がなければ、それはあの子ではないのです。
(心が、魂がなければ)
男の子は急に雷に打たれたような気持ちがしました。
そして屋根裏部屋を飛び出しました。
走って走って、女の子の家へ向かいます。
「物を動かすだけじゃ人の心を本当に幸せにはできない、それがわかったみたいだね」
(あの子の魔法は、今度こそ人を幸せに出来るかな?)
お父さんは、少しだけさみしそうな微笑みを浮かべて、その背中を見送りました。
(了)
投稿日時:2014年04月17日 22:54
条件:ジャンル→童話
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