繰り返される過ち
人間というものは不意打ちに弱い。
どこかで見たようなドッキリがテレビで繰り返されるのも、ベタなサプライズが人間関係の構築に役立つのも、散々警告された詐欺が減らないのも、全てはそのせいだ。
『よっ』
彼は約束もなしに突然現れた。
あの悲惨な日から一ヶ月は経っただろうか。
ようやくその忌々しい存在を忘れかけていたというのに。
だが私も馬鹿ではない。
まともに相手をすれば、また泣きを見るのはわかりきっている。
私はなんでもないような顔をして立ち上がった。
『ちょちょちょ、待って、待ってよ。久しぶりなのにつれないんだから』
存在を無視されて彼が抗議の声を上げる。
久しぶりに見る彼の姿は皮肉にも少し頼もしげに見えて、私はもう一度座りなおした。
(ええ、本当久しぶり。でもお生憎様、私はもうあなたのことは一切信用しないと決めたの)
『あちゃー、きついなあ。この間のこと怒ってるの?』
(当たり前でしょ! あなたのせいで、私がどんな思いをしたか……よく知っているくせに!)
『悪かった、謝るよ。だからさ、もう一回だけ、俺にチャンスをくれないかな』
彼がそっと私の手に触れる。
(もう一回……ううん、チャンスなんて無いわ。今まで何度その「もう一回」に騙されたと思ってるの?)
うっかり乗せられそうになるけれども、心を鬼にして再び立ち上がる。
『待って、待ってってば! そうはいうけどさ、今までちゃんと君の期待に応えたことだってあったじゃないか!』
彼が必死に訴えかける。
それは嘘ではなかった。
確かに、期待通りに彼が振舞ってくれたこともある。
だけど。
(なによ、偉そうに! 「応えたことがある」じゃ駄目なの、いつもじゃなきゃ。信用ってそういうものでしょ?)
例えばデートだってそう。いつもいつも待ち合わせに遅れてくる人が「間に合ったこともあるでしょ」って言ったって、時間通りにくるのが当たり前のこと。
彼が私を裏切り傷つけるのは、そういう類のことなのだ。
彼もそう思っているのか、何も言えなくなってしまった。
私は重ねて彼を責める。
(それに、あなたが私を裏切るときって、なぜかここぞというときばかり! 大事なときに限ってどうしてそうなの? 私、わざとやっているんじゃないかって疑ったことさえあるのよ)
『わざとだなんて、誤解だよ。それはきっと、巡り会わせが悪かったんだ』
彼は悲しそうに答えた。
傷つけてしまったのかもしれない。だけど、私はそれ以上に傷つけられてきたのだ。
(巡り会わせが悪いなら、やっぱり私とあなたは相性が悪いのよ。これ以上裏切られて傷つきたくないの。だから……私、行くわ)
彼を置いて台所へ向かう。
そしてハサミを手に、戻ってきた。
何か言われるかと思ったけれど、彼は何も言わなかった。
(……いいの? やっちゃうよ?)
何も言われないと却ってやりにくい。私は彼にハサミを突きつけながら聞いた。
『もちろん嫌だけど……君が俺の存在意義を否定したいなら仕方ない。俺は君にそれだけのことをしてきたんだろうから』
覚悟を決めた表情で、彼は口をつぐんでしまった。
ハサミ、彼、ハサミ、彼……交互に見つめ、私は……ハサミを置き、代わりに彼を手に取った。
『……いいのか?』
彼が、恐る恐る聞く。
(一回)
私は静かに微笑んだ。
(本当に、この一回で最後だからね。これで駄目なら、本当にもう一生信じないんだからね)
彼も微笑んだ。
『ありがとう』
二人の気持ちがひとつになり、私は彼をつかむ手に力を込めた。
……ばちゃっ。
袋の中のソースが無残に飛び散り、テーブルだけでなく服とカーペットをも汚した。
「あああああああっ!!!!」
絶叫するがもう遅い。
私は手の中の小袋をにらみつける。
【こちら側のどこからでも切れます】
そう書かれたマジックカットの小袋に、何度こうして裏切られたことか。
変な切れ方をした小袋は、悪びれずソースを滴らせている。
むしろ『ほら、ちゃんと切れたでしょ』とすら言いそうだ。
(こういうのは「ちゃんと」って言わないんだよ!)
この汚れは染みになるだろうなあ、と半泣きになりながら、やっぱり流されずにハサミを使うべきだったと後悔する私であった。
(完)
2014年07月31日 22:30
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