5

ユウカの部屋から一歩外に出ると、そこはもう清潔に管理された無機質な通路だった。

呼子には居住空間として建物が一人に一つずつ与えられる。僕が今いるのは夏棟で、渡り廊下で連結された正方形に並ぶ四季棟の南辺にあたる。それらに囲まれた内部には中庭があり、綺麗に整備された芝生の上にいくつかのベンチが置かれている。ユウカの部屋に呼ばれてここを訪れるたびに見ているが、誰かが座っているのを見たことはまだない。

今日はもう仕事が残っていないから、ロッカーに戻って着替えるつもりだった。長い廊下を進んだ角を曲がると、階段を降りてきた青峰佐句良が踊り場に立っていた。

彼女の姿を見た瞬間、僕はそこで縫い付けられたみたいに足が止まった。

彼女が近づいてくる。逆光で顔はよく見えなかったが、背後から差し込む陽の光が後光のように神々しくて、顔が見えないという事態がむしろ彼女をより神聖な存在に感じさせた。

「久しぶりね。こんな所で会うなんて」

青峰佐句良が僕の目の前まで降りてくると、あの甘い香りが漂ってきた。

「ここは夏棟と秋棟の間のはずなんだけど……」

時刻は午後三時半。西陽が踊り場の窓から差し込んでいる。

「他の呼子のエリアに入っちゃいけないなんてルールはないのよ」

目線が合う。青峰佐句良は僕と同じくらいの身長で、女子としてはかなり背が高い。

「呼子以外の人間が勝手に入ってはいけないけどね。君はどうしてここに?」

「ここでバイトしてるんだ」

「ああ、それでその格好……。でも、四季棟には入れないでしょう?」

「ユウカに呼ばれた時だけ入れるんだよ」

「ユウカって、赤羽融香さん?」

「そうだけど」

「二人は付き合っているの?」

小さな子供がそうするように、彼女は僕に問いかけた。

返事を待たず、彼女は嬉しそうに僕の周りをくるくると歩き始めた。ユウカのしんとした動きとは違う、跳ねるような足取りだ。

「同じクラスにいた頃はそんな話聞いてなかったから、私がいなくなった後に付き合い始めたのね。そうなんだ、ふうん……。ねえ、どこが良いと思ったの?」

「どこって言われても……」

「どんな些細なことでも、ちゃんと言葉にしてあげた方がいいよ。今が二人で過ごせる最後の夏なんだから」

最後の夏。

彼女はそのことを、これでもかというくらいに理解しているのだ。当然、自分自身についても。

青峰佐句良が目の前に立っている。目線の高さがほとんど同じだから、目を逸らそうとすればすぐにバレてしまう。見つめ返さなければ何かに嘘をつくことになる気がした。

そうして彼女の瞳に捉えられているうちに、瞳の奥にどうしようもない冷徹や残酷が潜んでいることに気付いた。神聖さを帯びたまなざしは畏れを呼び起こすのだ。自然と背筋が伸びるのを感じる。それでも彼女の視線からは逃れられなかった。

「青峰さんはさ、怖くないの?」

声が震えそうになるのを必死に抑えながら訊いた。

「秋呼びの儀、見たよね」

僕は無言で頷く。

「黒い扉の向こうで、リサはどうなったと思う?」

扉が閉じられた後、全ての祭儀官が引き上げていき、やがて正方形の空間には誰もいなくなった。リサ以外にあの扉をくぐる者はおらず、裏から人が出入りする様子もなかった。

状況からは、扉の向こうに地下へ続く階段があるか、その場にいる人間が全員いなくなったタイミングで出てきたと考えるのが現実的だろう。けれど、リサは呼子で、あの場で犠牲になることが運命づけられた存在だ。もしかすると、あの扉の向こうにはこれまで四季に捧げられてきた数千人の呼子の死体があるのかもしれない。そんな恐ろしい考えが頭に浮かんだ。

恐ろしい考えというのは、一度思いついてしまうと呪いみたいに頭からこびりついて離れない。

「私たち呼子も、あの扉の向こうがどうなっているのか、その先で自分たちがどうなるのかは知らされていないの」

彼女は微笑んで言った。相変わらず太陽のような笑顔ではあったけれど、屋上で見たときが昼下がりの太陽だとすれば、今日はどこかひんやりとしていて、地平線の向こうに沈みゆく西陽のような印象を受けた。

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