4
リサが扉の向こうに消えた次の日から、僕は定期的にユウカの話し相手として彼女の部屋に呼ばれるようになった。
「随分それらしくなってきたね」
「うん、毎日練習しているから。どう、綺麗?」
僕はユウカが部屋の中で歩く様子を眺めていた。厳しい修養の結果、彼女の歩き方はリサの最期にそっくりになっていた。それは死者の歩き方だ。
教室で大胆に脚を開いていたかつての快活なユウカの姿はもうどこにもいなくなっていた。
「綺麗だよ。まるで別人だ」
「私もそう思う。本当、別人みたい……」
ユウカにあてがわれた居室はとても広く、一人で過ごすにはあまりに持て余してしまいそうだった。部屋がいくつもあり、全てを合わせると高校の体育館より大きな面積になるだろう。
僕たちがいるのはその中でも特に広い部屋で、一応ここがリビングなのだという。たまに郵便受けに入っているマンションのチラシにある一室のような内装だった。本来は身の周りの世話をしてくれるスタッフが数人いるらしいが、今は全員退室させられている。それくらいのプライバシーはあるようだ。
「あれから青峰さんには会えた?」
ユウカは丸いテーブルを挟んで僕の向かいに座った。僕はユウカが座るときにスカートの裾を手で押さえて太ももの下に敷くようにするのを初めてみた。とても自然な動きだった。
「なに?」
「いや、頑張ってるんだなと思って」
「お互いにね」
「いや、僕は……」
言いかけて、喉まで出かかっていた言葉を紅茶とともに流し込んだ。ユウカの希望で最高級の紅茶が飲み放題になっていた。
「ただ毎日ガラスを拭いてるだけだよ。青峰さんどころか、四人いるはずの呼子の誰とも会えなかった」
「私がいるじゃない」
「そうだね、僕にはユウカがいる。それで十分だ」
「じゃあもうバイト辞める?」
「そしたらユウカとも会えなくなるよ」
「ずるい言い方」
呆れたように彼女は笑った。けれど眉尻が下がっている。感情がそのまま表情に出るのがユウカの良いところだ。
「勉強は順調?」
ユウカはカップの紅茶に角砂糖を一つ追加した。
「毎日バイトに明け暮れる学生のどこに勉強する時間があると思う?」
「受験生でしょ、ちゃんとしなきゃ」
「僕も受験から解放されたいよ」
「私、まだ勉強してるよ」
「え?」
僕はカップの紅茶に追加しようとした角砂糖を落とした。
「どうして?」
「ここにいるとね、色々なものが曖昧になるの。ほしいものなら何でも手に入って、好きな時間に起きて好きな時間に寝て、毎日同じ訓練をしていると、自分と自分以外の境界線がよく分からなくなってくる。輪郭が解けるみたいに」
「単調な毎日で感覚が鈍くなるってこと?」
「うーん……間違いじゃないけど、ちょっと違うかな。私もうまく言葉にできないけど、勉強を続けることで、前と同じ時間軸の延長線上にいられる気がする、みたいな」
「よく分からないな」
「そっか」
ユウカはテーブルの下で足をぶらぶらさせた。
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