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懺悔が祈りに変わってから一か月経ったある日、秋呼びの儀が執り行われた。
今年の秋呼びは十五歳の外国人の少女だった。呼子は日本人である必要はなく、日本在住であれば肌の色も関係ない。異国のために殉じようとする彼女の金色の髪が、これから終わらせようとしている夏の日差しに眩いばかりに輝いている。
彼女は白砂の敷かれた正方形の大きな空間の真ん中に正座していて、それを遠くから見守るように取り囲む大勢の祭儀官がいた。その多くは白か黒の装束に身を包んでいるが、一部は色彩豊かな恰好をしていた。彼らは秋呼びの真後ろに陣取って、彼女が無事に次の季節を呼び寄せるのを監視しているようだった。
そんなカラフルな平安貴族風の姿の中から一人が立ち上がり、中心に向かって歩き始めた。厳かな所作で進む老人の背中は真っすぐで、頭の高さが全く変化しない。地面を滑らかに滑っているようだった。長い装束の裾が尾を引いて白砂に跡を残していく。秋呼びの少女の後ろ数メートルの近さで足を止め、重く響く声で何かを読み上げ始めた。
続いて両隣にいた二人も前に進み、最初の老人より少しだけ前に出て、同じように何かを読み上げ始めた。三人の語る言葉はそれぞれ異なっているようで、何を言っているかは聞き取れなかった。
そうして声は次第に重なり合い、色のある装束の老人たちが全員前に出る頃には、彼らは少女を中心とした半円形に居並んでいた。
儀式の様子は生放送で全国に配信されている。白黒の装束が並ぶ正方形の更に外側、塀の向こう側から無数のカメラが覗いていて、その下ではレポーターが例年と同じような儀式の解説と季節が巡ることによって生じる経済効果の試算、今年の秋呼びに選ばれた少女の生い立ちについて語っている。今年の秋呼びは史上三人目の外国人だということで、呼子の歴史についても長い尺を使って解説がされていた。僕はそれらをイヤホンで聞きながら、目の前で行われている儀式の様子を目に焼き付けた。
「リサ・アルビオン」
そう呼ばれた少女はすっと顔を上げた。動きに合わせて、こうべを垂れる稲穂を模したとされる金色の装飾がゆったりと揺れ動く。輝くような白い装束に身を包んだ彼女の動きは完璧に制御されたロボットのように滑らかだった。
呼子に選ばれた少女たちは、この儀式までの一年間に様々な修養を義務付けられる。優雅なふるまいもその一つで、彼女たちの一挙手一投足は全国の少女たちの憧れの的となる。呼子という立場もあって、彼女たちは尊敬を超えたある種の崇拝の対象となるのだ。
リサが一歩、また一歩と前に進むのを、僕たちは固唾を飲んで見守る。彼女の進む先には真っ黒な観音開きの扉があり、やがて彼女の透き通るように白い両手が身長の倍はある大きな扉をゆっくりと押し開く。
扉の向こうは真っ暗闇だった。漆のような暗闇に白い腕が消えていく。両手をいっぱいに広げたところで扉は彼女の手を離れ、そのまま完全に開ききった。遠すぎて判然としなかったが、口を開いた闇に対峙した彼女は、画面の中で初めて凛とした表情を崩したように見えた。
カメラが彼女の後ろ姿を大きく映し出す。
金色の装飾が小さく揺れていた。
彼女は恐れているのだ。
僕には目の前に広がる不条理をどうすることもできないし、正直に言えば、目の前で怯えている少女に憐れみを向けることも、誰かと悲しみを共有することもできないでいた。ただ、安心していた。
彼女がこの状況に恐れを抱いていることに安心していた。それは僕が最も望んだ感情だった。
彼女は再び歩き始めた。
袴の裾、高い鼻先、金色の前髪。それらが順に闇に沈んでいく。
引きずられた裾の最後が見えなくなると、扉の両脇に控えていた二人の祭儀官がゆっくりと扉を閉めた。
彼女の生きた証は、白砂に残された一筋の跡だけになった。
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