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春呼びが死に、夏呼びが死んだ。
今年の夏呼びは六歳の女児だったことで例年より大きな話題になっていたが、それでも身体が暑さに慣れる頃には人々の記憶から消え去っていた。
そうして訪れた夏。
無数の蝉たちが夏に殉じた彼女に祝福を捧げているようだった。
僕は夏休みのほとんどを清掃のバイトに充てることにした。
青峰佐句良との出会いと別れから半年が経ち、彼女は既に高校の名簿から消えていた。
呼子に選ばれると、東京の郊外にある国の機関に身柄を移送される。周囲を自然に囲まれたその場所で、最後の時が来るまでの一年間を、絶対的な身の安全を約束された上で、可能な限りの自由が与えられる。食もファッションもエンターテイメントも、安全という柵の内側で全て最高のものが提供される。それが一億人の生活を背負うことへの報酬だ。あまりに不公平な取引だと思う。
そんな巨大な不自由は、多くの労働力によって支えられている。僕が応募したのは、青峰佐句良が移送されているはずの施設の清掃バイトだった。要人警護が二十四時間体制で敷かれている場所でバイトを募集しているのもおかしな話だが、どんな業務も外部委託が必要であり、その業者がバイトを雇うのは私企業の自由だ。そのために東京までやってきて、連日ネットカフェで寝る生活を送っていた。
交際を始めて間もないユウカに寂しい思いをさせていることについては、東京に出かける前から謝罪しきりだった。一緒に海にも夏祭りにも行けないと不満を言われるたび、僕は彼女に頭を下げ続けた。それがユウカの求めている返答ではないことは重々承知していた。そんな僕に対して、彼女は不健康な日々を送る僕の体調を気遣う言葉を送り続けてくれていて、その通知が表示されるたびに二つの罪を犯すことになった。一つはユウカの気持ちを踏みにじること、もう一つは罪を悔い改めないことだ。
今や僕の心は青峰佐句良を核として裏切りの薄層が幾重にも堆積した結晶に占拠されかけている。残り僅かな余裕がかろうじて均衡を保っているが、それがいつ破れてしまわないかと怯えることしかできない。
そうまで執着しているのは、呼子という存在の特殊性だけではない。
あの時屋上で見た、青峰佐句良の色彩の薄い瞳。薄氷のように触れれば簡単に壊れてしまいそうな姿。絹のように滑らかな声。そして何より、太陽のように全てを肯定してくれそうなあの笑顔。
青峰佐句良を言葉で捉えようとするたびに、形容されない何かがすり抜けていくのを感じる。僕が彼女に執着しているのは、どれだけ言葉を尽くしても汲み尽くせない彼女の本質を知りたいと思っているからだ。ではどうして彼女の本質を知りたいのかと問われれば、それは痛みを避けるのと同じくらい本能的な欲求だとしか言えない。
彼女にもう一度会える可能性に賭けて、今日も大きなガラス窓を磨く。この施設は正面玄関のエントランスが全面ガラス張りになっていて、夏の強い日差しを内部へと導いている。おかげで汗が止まらないけれど、これも夏呼びの少女の犠牲によってもたらされたものだと思うと、猛暑に不満を言うことさえ不謹慎なことに感じられる。
西側の作業が終わったところで昼休憩に入ろうと掃除用具を片付けていると、正面の自動ドアが開いた。ここでバイトをするようになってから、そのドアが開くのを見たのは初めてのことだった。この空間の清掃に意味があることを確認できた初めての事例だった。
白く飛んだ外の景色から現れたのは大勢の黒いスーツの大男たちと、その中心で小さくなって歩いているユウカだった。
持っていたモップが手から離れて床でカランと馬鹿みたいな音を立てた。
「……!」
その音に気付いて重く垂れていた頭を上げたユウカは、僕を見てひどく怯えた表情をし、すぐに大男の影に隠れた。真っ黒な集団が奥へ消えていくのを、僕は茫然と見ていることしかできなかった。
来年の夏呼びに、赤羽融香が選ばれたという知らせを聞いたのは、エアコンの効いた休憩室でのことだった。
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