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青峰佐句良の笑顔は、春のうららかな日差しを思わせる優しさを秘めている。


僕がその名前を知ったのは半年前、溶けかけの雪がばしゃばしゃと跳ねる晴れの日だった。

高校に着くと、何やらものすごい人だかりができていて、その周囲では多くの生徒が携帯の画面を見て何かを話し込んでいた。

その人だかりを縫うようにしてようやく自分の席につくと、一つ前の席の赤羽融香が勢いよく身体をこちらに向けた。肩で切り揃えられた茶色の地毛が大きく揺れた。小さな頃からずっと同じ髪型だ。

「大変なことになったね」

ユウカはどこか興奮した声音だった。

「課題忘れた? 見せないよ」

僕は机の上に出したばかりのノートを再びバッグにしまってみせた。

「今日は課題何もないじゃん……え、ないよね?」

「なんだ覚えてたか」

「おい」

わざとらしく怒った調子で彼女は目を細めた。けれど口角が上がっている。感情がそのまま表情に出るのがユウカの良いところだ。

「来年の春呼びはうちの生徒らしいよ」

「本当に?」

「うん。C組の青峰さんだって。私は去年同じクラスだったから、残念」

ここからC組の教室までは三つの教室が間に挟まっているが、廊下は件の彼女を見ようと集まった生徒たちで埋め尽くされている。もうすぐ授業が始まるというのに、教師が注意する気配もない。誰もが熱気に浮かされている。こうして人は春を呼ぶのかもしれない。

季節を巡らせるのは、呼子と呼ばれる選ばれた人物の犠牲だ。

四季の移ろいは自然の変化であり、太陽の核融合や地球の公転のような莫大なエネルギーを要するが、それだけでは足りないことが古くから知られ、今では気象学者と歴史学者の研究からもそのことが確認されている。その不足を補い、季節を正常に次へ進ませる要となるのが呼子の存在だった。

三か月に一度、気象庁と文化庁の合同調査によって国内の十七歳以下の女子から一人が選出され、選ばれた女子は詔勅によって呼子に任命される。その時点で呼子は皇族や首相に準ずる要人としての扱いを受け、同時にその命が日本国家のために使い捨てられる運命となる。今では気象庁の開発した数理神学的手法によって選出されているが、古くは神祇官の呪術的儀式によって決定されていた。千五百年以上前からそうして季節は巡ってきたのだという。

四季は日本人のアイデンティティに重要な意味を持つことから、呼子選出から四季呼びまでの一連の行事は基本的な国家事業として連綿と続けられてきた。半世紀前に史上六度目の四季呼び失敗があり、その年の更に二百年前と同様に夏が訪れず、大変な凶作に陥ったという。以来、呼子に選ばれた女子は必ずその役目を遂げてきた。非人道的な慣習だが、不思議なことに、呼子に任命された女子はその役目を投げ出すことがないらしい。

一時間目が始まっても、教室の空気は落ち着くことがなかった。生まれたときから当然の慣習と思っていた四季呼びが、いざ自分たちの日常に入り込んでくると、その実在に困惑してしまっていた。まさか自分が、という感覚だ。交通事故に遭うよりずっと稀で、はるかに衝撃は大きい。

選ばれた人物と同じ学校に通っているというだけでこれだけの騒ぎになるのだから、当の本人の混乱はどれほどだろうか。僕は顔も知らない同級生のことを憐れむしかなかった。

それが独りよがりな慢心だと気付かされたのは、昼休みのことだった。

購買で買ったパンを持って屋上に出ると、校舎の裏側に面した縁に立つ女子生徒の姿があった。一瞬で緊張が走り、次の瞬間には自分の軽率な行動が最悪の事態を招くことへの恐れが足を竦ませた。

その生徒はしばらくその場で立ち尽くした後、ゆっくりと縁から離れた。その様子を見て安心していると、向こうも僕の存在に気付いたようだった。

「あれ、バレてないと思ってたんだけどなぁ」

片手で風になびく髪を押さえつけながら、彼女は朗らかに笑った。

「死のうとしてた?」

僕の声は少し震えていた。

「この状況じゃそう見えるよね。そう、確かに、今ならまだ……」

彼女は考え込む素振りを見せた。

「ダメだよ、命を粗末にしたら」

咄嗟にそう言った。そして、反射的に出てしまった声に、僕は背中が寒くなる思いをした。

「ふうん……君、お母さんみたいなことを言うのね、おかしい……いや、そっか。君は自分のためにそう言っているのね?」

その時の僕には質問の意味が分からなかった。今なら、それが彼女が背負うことになった途方もない孤独の、微かな叫びだったのだと理解できる。

「命を粗末に、か」

彼女は空を見上げた。僕も釣られて顔を上げると、空は雲一つない晴天だった。昨日までの雪雲が嘘のように消えていた。もうすぐ春がやってくる。

「人生の意味って何なんだろうね」

ポツリと独り言のように呟くと、彼女は芽吹いたばかりの植物のように両腕を天高く伸ばした。

両手が頭上で咲いている。五本の指が桜の花びらに重なった。

「早く戻らないと。君はまだ授業あるでしょ?」

じゃあね、と彼女は僕の横を通り過ぎた。一瞬、甘い香りがしたような気がした。

昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った時、僕の手には一口もつけていないパンの袋が握られていた。

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