第6話 ツンデレ先輩

――化体の成造

神様が人間に姿を晒すことは禁止ではない。

が、その用途は神としてではなく、人間に“化けて”人間界に降りるために晒すことを良しとすることが実態である。

しかし、神としての身分を当然偽り人間に化けるため、化体、そして仮名が必須である。


化体とは、神としての姿とはまったく違う姿である必要がある。

神としての姿は、父である天からの授かり物であり、決定事項である。

市の場合は金髪に紫色の異種眼という特徴を、まったく違うものに代える必要があるということ。

仮名は本名と違うのなら何でもいい。(神は名前を重要視しない)


そして、この化体の成造は、市にとって難解なミッションであった。

市は何せファッションに疎い。

神の中には、衣装や化体成造を好み、多種を有す者もいるようだが、市はそれらとは到底かけ離れている。

金髪、異種眼という変えやすい特徴であるのが唯一の救いだろう。

要は、普通の女子らしい格好にすればいいだけなのだ。



天界から風月寺に放り投げられた市は、屋根の上で片膝を立てていた。

無論、考えていることは化体成造。

髪については、天が言っていた黒髪が一番ベタな選択だ。

「モノは試しか・・・」


ようやく、重い腰を上げる日が来たようだ。

念のため、人間が入れない本堂の中に移動し、決行する。

腰まで伸びた金髪を、長さをそのままに黒髪に変える。

元の金髪は緩くカーブがかかっていたが、黒髪のそれをつけていては違和感があると思い、ストレートに変えてしまう。

瞳の色も無難に黒の変える。


さっと生み出した鏡に、自身の姿を映し出す。

それなりに様になっているようだ。

特に違和感は見当たらない。

自身の意外なセンスに、市はうんうんと頷く。


「うむ。これならワシが誰かは到底分かるまい」

「違和感まみれだけれど?」

が、肩から冷たい声がかかる。

これまた、確認しなくとも分かるほど聞き慣れた声。


「先輩。どうしたんじゃ?」

市は振り向いて問う。

が、先輩はどうやらそれが気にくわなかったらしく、眉間に皺を寄せた後、足をスパッと払われる。

「貴方、やってくれたじゃない。どうすれば酒に酔って姿が映し出るなんて奇行が働けるのかしら?少しは私の苦労を分かってくれて??」


いつになく吊り上がった切れ長の瞳は、地面に転がる市を軽蔑する。

真面目、少し傲慢、世話焼き、三要素を混じらせた人物が、市の先輩、せいだ。

植物の神。市よりも遙かに長い年月を生き、神々の中でも相当の古株の神だ。



――その昔、神という存在が誕生した際の七人の大神。


空の神・てん   大地の神・そう  星の神・らい 

水声すいせいの神・せい  生物の神・くう  炎火の神・えん  命の神・めい



せいは、生命の神・くうの数代後の後輩にあたるそう。

生命の中でも、植物を色濃く継いだようで、市はその中の華を濃く継いだということ。

神には先輩、後輩の上下関係が多く、これが師弟関係と同義を表す。

自身の司事象に近い先輩の元へ、研修に赴くのが、誕生から500年間とされている。

要は、とてつもなく長い時間を共に過ごしているということ。

主従関係とは言うが、市にとって生は姉のような存在。

基本的に効率主義だが非常に世話焼き、そして心配性。

500年を共に過ごせば、それだけのことはすぐに分かる。


「心配してきてくれたのか?」

市が当たり前のように問う。

心配性の彼女だ。

罪状だけ見れば即刻地獄行きの市のことを聞き、飛んできたのだろう。

案の定、図星だったようでプイッと顔を背けた。

「別に。後輩が地獄行きだなんて、私の地位も危ぶまれるわ。自己防衛よ、自己防衛」

まぁ確かに。彼女は下界の神としてこれまでに相当な地位を築いている。

それ故のあの巨大寺だ。

さすがにそれをクビにはなりたくないだろう。


市が素直に謝ろうとした口を開く。

が、それよりも先にせいから声が飛んだ。

「そんなことより、貴方、これで化体完成なんて言わないでしょうね」

「えっ」


どうでもいいことが突然議題に戻った。

確かに彼女から化体成造は永遠に言われ続けていたことだが、それをやらないとどうこう、と言われたことはない。

「どうせ、人間に化ける時も、服装を適当に変えただけだったのでしょう?惨状が容易に想像出来るわね」

が、生はまるで封を切ったようにペラペラと話し出す。


「黒髪に黒い目の選択は貴方にしてはいいわ。けれど、問題は服装よ服装。これじゃあ余計に和装が似合うようになっただけじゃないの。金髪異種眼よりもよっぽど日本の神らしいわよ。何やっているの」

釘を刺すの如く、言葉が止まらない。

始めに口にしていた違和感の意味はこれだろう。

市ももう一度鏡の中の自分を見やる。


間違いない。実に和装の似合う女子である。

身長のわりにはそれなりのサイズである胸部と白い肌が和装に映える。


「これでは、寺に勤務する美人巫女と、更に話題を呼びそうじゃな」

「分かっているなら早く直しなさい!!」

キッと眉をつり上げながら生が市の尻を蹴り上げる。

「神はみな手荒じゃな」

とはいえ、市もそれが出来ていたなら苦労はないのだ。



いよいよ市が鏡を前にアタフタとし始めると、生はため息をついた。

「まったく本当に。優秀なのに優秀じゃない・・・。この矛盾は一体何なの・・・」

すると、市にすっと手を出してくる。

「貸しなさい」

それだけ口にすると、生はブツブツと独り言をぼやきながら、市の服装に手を入れ始めた。

「下駄なんて以ての外。見た目がこれなのだから、学生服がしっくりくる・・・わね、やっぱり。セーラー服にローファー。シンプルだけれどこの子にはこれが一番似合う。・・・少しリボンが小さいわね。白いセーラー服は肌の白さのせいで幽霊に見える。紺色辺りが妥当かしら。なら、リボンは黄色が映える・・・・・・・・」


市の容姿がコロコロと変わってゆく。

生のぼやいている通り、市は他人より色素の薄い体質をしているため、白い衣装は体に同化して余計に不気味に見えるのだ。

生は植物の神だが、服飾に精通した神の知り合いがいたはずだ。

一度会ったことがある。

恐らく、その神の影響で生自身も服飾に興味が膨らんでいったのだろう。

よく考えれば、彼女のクローゼットには有り得ない量の衣装がかかっていた。

センスがあるのなら、500年も言い続けるよりも、とっとと市の化体も作ってしまって欲しかった。



「こんなものね」

そうこうしているうちに、生が頷いた。

どうやら満足のいく作品ができあがったようで、珍しく誇らしげな表情を浮かべている。

市としては何でも良いので、こうして作ってもらえたことは実に運が良かった。

これであの大神にも文句は言われまい。

市も深く頷く。




「貴方、結局どうやって免れてきたの?」

落ち着いたところで生と市は縁側に腰掛けて一息ついていた。

市は慣れるために化体のまま腰掛ける。

また、用意周到な先輩はもとより化体である学生服でこちらに来ているため、二人して学生服である。


生から想定通りの質問がされたため、簡単に答える。

市としては寺も自身の身も守れたため、実に素晴らしい結果だと受け止め、若干誇らしげに語ったのだが、生の顔からは少しずつ生気が消え去ってゆく。


「大神様に目をつけられたら終わりよ貴方」

市の話が終わった瞬間、ズバッと一言、言い放たれる。

「どうしてじゃ?」

「聞かれるまでもないわ。貴方は彼の自由奔放さを知らないのよ。あぁ、今からでも交渉すれば遅くはないかしら・・・。それなら彼の機嫌が良いときでないと、私が罵倒されて終わりね・・・。正様なら協力して下さるかしら。してくれそうではあるけれど、あの妙に勘の良い男はお付きの秘密にすぐ気づくわよね。・・・・・・」


本日の先輩は随分と饒舌なようだ。

先輩は決して口の悪い方ではないのだが、その口調の崩れるとは、どうやらよほどの大事件らしい。

「いえ、どちらにせよあいつに隠し事は出来ないわ。まったく。結局、こちらにはどうしようもないというわけね。クソオヤジが。あぁ、私の後輩を一体どんな目に遭わせるつもりかしら・・・」

今度は眉をつり上げ、肩を潜めている。

感情豊かである。


「貴方、自分のことなのに、もう興味を失っているわね?」

「さすが姉。その通りじゃ」

生がヌッと顔をこちらに向けるが、既に市は意識を別のことに飛ばしていた。

「姉じゃないわよ。禁句。何回目よ」

ぽけーっとした市の背中を今度は軽く叩く。

実に愛のある姉だ。

市は軽く姉に笑いかける。

その気さくな笑顔に、生の硬い表情も僅かに緩む。


「どうせ仕事ばかりでまともに表情筋が動いていなかったんじゃろう?いつか喉が役割を持たなくなるぞ」

市が平然と軽口を叩くと、今度は鋭い平手が背中に刺さる。

「あてっ」

「生意気叩く暇があるなら顔出しなさいっての」


両者ともに、相手が変わっておらず安堵を感じたのは、胸の内にしまった。




「うんうん。素敵な上下関係だけれど、姉妹関係は認めていないよ?」

市は生の拳が後ろに吹っ飛びそうになったのを見逃さなかった。

生は自身の世界が突然邪魔されることが嫌いだ。

この和やかな雰囲気に唐突に混じる父親が気にくわなかったらしい。


「あら。どうされたのですか?お父様がわざわざ下界に降りられるなど、通常あることではありませんわよね?」

大神の顔を見てはいけないという暗黙の了解を守りながらも、生はしっかり嫌味を吐き捨てた。

二人の後ろには、笑顔で立つ大神・天がいた。

そろそろ生が縁側に押しつけている拳のせいで木が割れそうだが、一旦スルーするしかない。

「生の思春期はどれだけ経っても治らないね。そんなに父のことが嫌いかな?」

「あら。心当たりのないことですわね。私は常に大神に従順な神のつもりでしたが?」

最早、市の入る隙もない。

生が天ではなく正面を見続けながら嫌味を吐くのに対し、天は懲りずに笑顔を浮かべる。

これは、思春期とはよく言ったものだ。まさにそれに見える。


「ところで市。随分と可愛らしい化体だね」

このまま気配を殺していたかったところだが、唐突に自分に飛び火がやってきた。

「それは良かったです」

淡泊に、なるだけ当たり障りのないように言う。

生が天の自由奔放さを知らないと言った理由も、今なら分かる。

なぜ大神が下界に降り、なおかつお付きも連れないで平然と話に割り込んできている。


「金髪と紫色の瞳も傑作だったけれど、生の作ったこちらも中々だね。私は好きだよ」

顎に手を当てて頷く。日本に属す神として、異質な見た目を傑作とは、自画自賛が酷い。

と生も思っているようで若干表情が崩れている。

「そうでしょう?私の後輩ですから。愛でるのは当然ですわ」

「そうか、それは良かったよ」


生から普段は言われないような言葉がどんどんと漏れる。

市の頭の中は初めてのよく分からないことでぐるぐると回ってきた。


すると突然、天の少し大きな手が、市の黒い髪にそっと触れた。

市は肩をビクリと震わせ、生はいよいよ眉をつり上げ、口を歪ませる。

天は髪の一房を拾い上げたまま、それをじっと見つめている。

気にくわないとでも言われるのだろうか。


頑張って作っ(てもらっ)たものが台無しになるのだけは面倒すぎる。

が、天からは別の爆言が吹っ飛んできた。


「風呂、入っているかい?」

「「????」」


二人の顔が無に追いやられる。

唐突に風呂。

無論、市は入ったことなどない。存在は知っているが、神には必要ない文化だ。

それは生も同じである。彼女がそうしていることは見たことがないし、入るよう言われたこともない。


「に、匂うのか・・・?」

市が恐る恐る問う。

500年ちょいの風呂なし生活。それは神にとって普通、だと思っている。

それが普通でなかった場合、市と生の体は今恐ろしいことに・・・!


「いいや。そういうわけではないよ。トリートメントすれば更に艶やかな髪になるだろうなと思っただけだ」

「「はぁぁぁ・・・」」


市と生は同時に息をついた。

生も同じ事を考えていたようで、心なしか顔色が悪くなっている。

よく考えれば、市は汗をかいた経験はない。体が何かしら汚れても、適当に拭き取っておけば特に痕は残らなかった。

とんだ妄想をしたものだとまた気づき、市の肩も落ちる。


そんな二人の様子を、天は首を傾げながら見つめると、何か思いついたようで手を叩いた。


「市。君の初仕事をここで言い渡そうか」

下僕仕事その一だ。何かいらぬ気を使ったため、最早何でもいい。

「天界の風呂へ入りにおいで」

「??は、はい?」

市は首を傾げるが、生は何か思い当たる節があるようで、「そういえばありましたね。確か六十二番地に・・・」と独り言を呟いている。

天もそれに頷いているため、どうやら本当にあるらしい。


天界に番地がついているという謎現象はこの際どうでもよくなっていた。

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