第5話 やらかしと大神
「さてさて朝じゃ。今日は参拝客は訪れるのか、いざ尋常に」
睡眠を必要としない神だが、睡眠が好きな市は本堂広間のど真ん中で大の字を書いて睡眠をとっている。
山頂だけあって、朝日が眩しく差すため、実に目覚めがいい。
パーカーから準正装くらいの和装に着替える。
食事はいらないため、池の水を浄水させ溜めている水で顔を洗ってから、本堂を出る。
市の毎朝のルーティーンとして定着しつつあるものだ。
豪快にあくびをしながら戸を開けると、やけに騒がしい音が耳に入ってきた。
「な、なんじゃなんじゃ??」
慌てて音のする方に駆けてゆく。
どう頑張ってもここは山。野良の大熊にでも出られれば話にならない。
が、市を待っていたのは更に訳の分からない光景だった。
カメラなりスマホなり、記録機器を手にする大勢の人々。
報道陣とまでいかないようだが、私的に何かを撮影せんと人間が群がっていたのだ。
「さ、さ、参拝客爆増か!!??な、なんと!努力とは必ず結果を出してくれるものなのじゃな!!」
市は歓喜の声をあげる。無論、市にしか聞こえない市の声だ。
景色か、華たちか、何にせよ、人間に風月寺の良さが知れ渡っているのならそれより嬉しい事はない。
「これでワシに田舎寺を押しつけた上の連中を嘲笑えるぞ・・・。くくく・・・」
僧侶のいない寺かつ現代に疎い市にとって、欲していたのは現代を統べることの出来るインターネットだ。
寺の人気がSNSで向上するという現代も
そして、市の欲したものが、今目の前に大量にある。
なんという幸運であろうか。
「おい、これがあの桜の木だろ?」
「人いないじゃねーか」
「夜だけなんじゃないっすか?」
「確かに、あの動画は夜だったな」
「三日月の夜だけとか!?」
「なんだそのメルヘンチックな考えは」
え、なんだそのメルヘンチックなお話は。
呑気にスキップをしている市の動きが途中で止まる。
突然聞こえてきたメルヘンなお話に、顔を無の境地に追いやられる。
何の話だあの桜の木とは。夜だけ?というか動画とは・・・・・??
市の手がワナワナと揺れる。
同時に目も泳ぐ。
その瞳が、ばっちりと門右側の桜の巨木を捕らえる。
この寺に桜の木は多いが、目立つのはこれだろう。
三日月、夜と言われて思いつくのは、空が来ていたあの夜。
そこまで考えて、市に一つの恐ろしい仮説が浮かび上がってきた。
と同時に、市に肩に重い手が置かれる。
神に触れられるのは同族、または天人のみ。
恐る恐る後ろを振り返り、硬い笑みを浮かべる。
「お、お久しぶり・・・です?」
「やってくれたな若造。来い」
恐ろしく怖い形相の“上の神様”が冷たく言い放つ。
市はそれに従うほかなかった。
******
「これには深いワケが・・・いや別にワケはないんじゃが・・・・・。えぇと・・・・・・」
一瞬で天界へと連れてこられた市。
上の畳に優雅に座る男性の顔を見上げることすら出来ない。
金に輝く天界の中でも最上階の“雲”の一室。豪華絢爛という言葉しか浮かばないような光景である。
「うん。何をしでかしてくれたかは分かっているんだね。それなら話は早い」
市と同じ色の髪を揺らし、男性は立ち上がる。
「地獄行きか
「どっちも嫌っすね」
「君に拒否権があるとでも?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
どうしようもなさすぎて顔を逸らすしかない。
天界 通称“上”
市や空、市の先輩も、彼らは下界の神である。
上の神と下界の神に立場としての格差はない。
勤務先が上か下かという問題だけで、上だから良いということも決してない。
が、全ての神が平等なはずは無論ない。
その良い例が今だ。
市も、市を引っ張ってきた神でさえも、誰も彼を見上げることは出来ない。
神の先輩後輩といった上下関係の対象になるのは、主に経歴と年齢だ。
その双方で頂点に立つ神。
上の上の神だ。
天界と空の
“
大神にお叱りを喰らうことがどういうことかおわかりだろうか。
問答無用の地獄行き。
市は大罪神になったのである。
三日月の夜
桜の巨木の下で舞を舞った市は、酒に酔い、姿を晒したままにしてしまっていた。
それを、たまたま訪れたどこかの誰かに動画として撮影され、SNSに晒された。
どこのJK!?モデルかなんか?
寺でダンスとか幽霊じゃね?
確かにー。なんか金髪っぽいし。外国人?来日の記念的な?w
てか桜光ってる?
服装コスプレ感ある。
この子誰ー特定してよー
特定班出動ー
いやこの寺どこ
クッソ田舎らしい
何で分かるん?
とまぁ、その動画のコメント欄はこの調子で話は飛躍を遂げて今朝に至った。
なんだ和装にコスプレ感あるって、来日の記念て発想どこからだよ、と突っ込みたいところは山ほどあるが、要はカメラを担いでせっせとやって来た彼らが特定班とやらということだ。
神の中には情報戦に強い神もいくらでもいる。
ここまでを探るのに訳はなかったようで、一瞬で市のやらかしが上にまで知れてしまったらしい。
「地獄行きなら手配が必要だね。寺の引き継ぎもあるけれど、もとより廃寺だ。このまま捨ててしまってもいいかな」
天は話をテキパキと進めてゆく。
が、市は思わず声をあげてしまった。
「て、寺だけは守って下さい!」
「おや」
同時に顔も上げて・・・・。
「あっ・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・ふむ」
天の使いらしい天人や、市と天を囲む神らも唖然としている。
無論、本人らの方がもっと唖然としている。
「地獄行こうか」
「嫌ですーーーーーーーー」
にっこりと親指を下に向ける天に、市は絶叫する。
――地獄行き
神には死という概念がないようで実際はある。
それは寿命だと言われているが、実際は過度の傷、また、ある程度の寿命と言われている。
が、過度の傷に至っては、過度の度合いが非常に高く、首を落とした程度では死なない。
そのため、罪人神は、下界からさらに下界、地獄に叩き落とされることが一般的である。
地獄と抽象的には言うが、実際は火山に詰め込まれたり、首を落とされ続けたり、尽く苦痛を感じさせる場。
懲役年数が終われば天界に帰れたり、帰れなかったり。
「大神様。彼女は混合神です」
しかし、それに反対する者が現れた。
天の最も近くにいた男性だ。
ザ真面目だが、彼のことも天界では周知の存在だ。
天の側近、唯一の意見者、相談相手、友人、愛人とも表す者もいる。
正義の神、
そして、その噂通り、天は彼の意見に顔を向けた。
「おや、そうなのかい。彼女の
「華と芸です」
「それは大変だねぇ」
知らんと地獄へ落とそうとしていた事実に、市の背筋が凍る。
同じく、正も頭を抱えて進言する。
「やめたほうがいいのでは?」
「そうだね。やっぱり地獄行きは却下だ」
あっさりと結論を覆して言う。
大神がそこまで慕っているというのは意外だった。
大神についての噂は神々の間でも多種多様だが、高飛車、冷たい氷のような神、といったものが一般的だった。
ここまで見る限りでは、それらよりもまろやかな人物に見える。
「市」
「う、はい・・・・・」
天からかけられた声に、今度はさすがに顔を上げないまま応える。
「やっぱり私の下僕、ね」
「う・・・・・・・・・・・・・はい・・・・・」
さすがに拒否の余地なし。
ダメ押しに質問を投げかけてみる。
「下僕・・・・というのはあの・・・・」
「私が呼んだらいつどこにいて何をしていても来るように」
実に権力者らしい
「君は華と芸の神様だからね。期待がある。地獄行きには執行猶予を付けよう」
ということで何とか話は終焉したらしい。
さっさと部下らしき神や天人に指示出しを始めている。
市は恐る恐る天に声をかける。
「執行猶予?」
「こちらの話だよ」
が、あっさりといなされてしまう。
どうやら市への話もこれで終わりのようだ。
生憎、市は移動に関しては得意があるので、呼び出しに問題はないだろう。
そろりと立ち上がり、足を動かし――
「次に人間にその姿を晒したら、今度は私のそばで永遠の下僕だからね?」
「えっ・・・・」
振り向かなくても分かる。
一体どうして神相手に気配を消すことが可能なのか。
天は市の肩に置いた手の力を一層強くしながら続ける。
「人間界に降りるための
「・・・・はい」
市は目をそらしながら応える。
先輩からは言われた記憶があるような気もするが、面倒でスルーしていた・・・多分。最早数百年ほど昔の話である。
「じゃあ、やることは分かっているね?」
動きがカチコチに固まった市がいよいよ肩を落として頷く。
「ちなみに私は、黒髪ロングの清楚が好きだ。良い姿を見せてもらえるよう期待しているよ」
「・・・・・・そっすか」
是非、ここは正様にお助けを請いたいシーンであった。
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