第4話 命と神

「参拝客は来ん。じゃが錆びだけは溜まるのぅ」

いちが風月寺に来て数日。

自然面は勿論、ちゃんと本堂や門の掃除まで丁寧に終わらせていた。

が、来ない参拝客。


分かっている。

寺に人気然しかり参拝客を呼ぶ込むことは、寺が綺麗なだけでは不可能だ。

市の前回の寺には、病気平穏の神が祀られていると言われ、多くの参拝客が来ていた。

勿論、そのようなレッテルは、一夜で張れるものではない。

偶然に偶然を重ね、且つ、その偶然がある程度の真実味を帯びられるほどの事実効果を発生させる。

その事実効果も百発百中ではいけない。

それは神として禁じ手なのだ。

祈りを全て聞き届けてはいけない。

理由は分かるようで分からない。


要は、色々と策略が必要なのだ。

そもそも、以前寺の主神である某先輩は病に関連した神ではない。

先輩も遙か昔の異動で、現在あの寺を担当しているため、先輩よりもずっと昔の神が築いた偶然なのだ。

つまり何が言いたいかというと、人間の認識と担当の神の出来る事って全然違う(意味無い)



ところで市は人間へ何が出来るのかという話。

華と芸。

これはどちらも、市自身から届けることは出来るものだ。

だが、神の仕事は届けることではない。

「はぁ。皆、気楽でいいのぉ・・・」

いつも通りの、ラフ和装スタイルで屋根に腰掛けて呟く。

先輩に教えて貰ったことといえば、神としての役目といった重い話よりも、神同士の付き合いについての内容が多かった。

要はそういうことだ。

神様は人間相手よりも同族相手の方が気苦労してる。


不意に、かさっと足音が市の耳に入った。

冷やかしそらか、神使者しんししゃ〔上の神、または下界の神からの伝言役を担う使者。種族としては天人てんじんとなるため、人間ではない〕か、

市は屋根から身を乗り出して下を覗く。

「人間・・・。さ、参拝客一号来た!!」

女子高生だろうか。

が、山頂の寺には似つかわしく、制服姿だ。

「物好きもいるもんじゃな」

屋根に寝そべる形で頬杖を突きながら呟く。


女子高生は本堂の鈴緒すずのおを小さくならし、目を閉じた。

同時に、市も目を閉じる。

神様に与えられし力の一つ。

祈る人間の心を覗くことが出来る。

(どうか、次は幸せになれますように)

「次?」

市は首を傾げる。

春といえば、受験でも落ちたのだろうか。

そういえば勉学の神が近くの寺にいると聞いていた。

そこでも勧めるかな。


そう思いもう一度鈴緒の前に目を落とす。

が、そこに既に女子高生の姿はなかった。

「?」

帰った?

もう少し華を堪能して帰ってほしかったものだが、参拝客が来ただけでも及第点だろう。

「うむうむ。進歩というやつじゃな。次はもう少し華を増やしてみるかな」

市は満足したように頷き、屋根から飛び降りる。

そのまま門の右側にある桜の木へ体を向けたとき、反対方向で音がした。

「さよなら」

――女子高生が、断崖絶壁を遮る柵を乗り越えようとしていた。

「っ!駄目じゃ!!」

市は必死に手を伸ばした。



「ご、ごめんなさい・・・」

「別に。このくらい」

「水で洗う?池あるんだ。ここ」

「へぇ。じゃま、一応」

全力で突進した結果、女子高生を下にして地面に倒れ込んでしまうという失態。

の挙げ句、膝を擦りむかせてしまうという失態の連鎖。

女子高生が目を開けるより先に、服装だけでもとパーカーバージョンに変えられたことが唯一のナイスアクションだった。


本堂の縁側に腰掛け、女子高生を眺める。

金髪ショートカットに、かなりのミニスカートというそれなりに奇抜な高校生だ。

ギャルというやつだろうか。市にはまだ分からない文化だ。

池の水を綺麗にしておいて正解だったようだ。

消毒に、あんな濁った水を提供は出来まい。


足をブラブラとさせて女子高生を待つ。

が、市からの視線に気づいた女子高生は、目線を膝に落としたまま声をかけた。

「あんた、何でこんな寺にいるの?」

妥当すぎる質問が飛んでくる。

言い訳を考えていなかったわけではないが、特に良い言い訳も思い浮かんでいないというのが本音である。

「この寺の子で」

「あーそういうね」

(どういう?)

現代の子供たちの口調はちゃんと学ばねばならないようだ。

納得してくれたようならそれでもいいのだが。

「何してたの?」

となれば、市も質問を投げかけてみる。

良い感じで本題に行き着けるような話術があれば良かったが、神様は皆口下手なのだ。

「・・・・・まぁ、なんていうか、もう良いかなって」

「・・・そっか」

さすが現代っ子。ふわっと正論を隠す技術に長けていらっしゃる。

「あんたも駄目って言って突っ込んできたじゃん。分かってたんでしょ?」

どんどんと図星を突かれていく。

市も顔を背け、苦笑いしながらいなす。

「けど、さっきのは愚言だった。謝る」

これは市が反省していたことだ。

否定から入るなど、諭す者として下の下の対応。それは明らかだというのに、人間(?)、焦ると常識を忘れるものだ。

「ぐげん・・・?何それ」

「愚問の愚に、言葉の言。浅はかで愚かな発言のこと」

「むず。面倒くさ」

「ぇっ・・・」

わかりやすく言ったつもりが、まさかの突き放されてしまった。

市が分かりやすく項垂れると、女子高生は歯を見せて笑った。

「別に浅はかとか思ってないし」

「そっか・・・」


市と女子高生は少しの間、縁側に座って話した。

女子高生の名前はりんちゃん。市の予想通り高校一年生だそう。

市は、さすがに市と名乗るわけにもいかず、色々悩んだ結果、はなと名乗った。同じく高校一年生という設定。

「学校で色々あったんだ。居たくなくなった」

「そっかー」

全てに軽い返事を返す。

特に、それに不満げな様子も表されていないので、これでいいのだろう。

「ていうか、今平日の昼じゃん。華、何してんの」

「うぇっっ・・・・」

盲点。非常に盲点だった。

「・・・??」

凛ちゃんは首を傾げる。

市はオドオドと言い訳を考えるが、良い感じのものが思い浮かばない。

サボり?学校がたまたま休み?通用しそうでしなさそうなものしかない・・・!

しかし、市が百面相をしていると、凛ちゃんは簡単に引き下がった。

「ま、これも愚問ってやつなのかな。いいよ。やめとく」

その返答に感動したのは実に必然なことである。

(か、神ぃ~!)←お前の種族は神様

目を輝かせて凛ちゃんを見つめる市に、凛ちゃんは若干のけぞる。


「なんか、華って変わってるよね。高一に見えない」

「それは良い意味で?」

「いや、悪い意味で」

「えぇ~」

「だって靴、下駄だし」

「・・・・・えっ。あっ・・・。あ。ゃば」

凛ちゃんにはどうやらからかい癖があるようで、市が項垂れるのを楽しそうに眺めている。

その楽しそうな様子に、市は若干の安堵を感じ取ると、縁側から立ち上がった。

「このお寺、景色綺麗だよね。お気に入りの場所なんだ」

市の素直な感想(&客の勧誘)を述べる。

意外にも凛ちゃんもあっさりとそれに頷く。

「高いしね。標高」

「ねー」

「・・・」

意味深な返答に、意味深な返答を重ねると、凛ちゃんに沈黙が訪れる。

これ以上の追求を続けると、話してくれるのかも知れないが、それは野暮なようだ。

市がゆったりと山頂からの景色を眺めているのを、凛ちゃんは見つめると、静かに立ち上がった。

「じゃ、帰るよ」

「そっか」



このまま帰すことに心配がないわけはない。

彼女のやろうとしたことくらい、鈍感代表の市でも分かる。

随分とあっさり引き下がる辺り、もとより本気ではなかったのか、後で実行する気なのかもしれない。

それは市が知ろうと思えば知れることだ。

が、今度のこれは愚行だ。


死が救済となることもある。

そんな言葉もあるくらいだ。

「死ぬな」

この言葉が呪縛となり、より相手の心と選択肢を狭めることもある。

神として、命は尊いものだと認識しなければならないだろうか。

無論簡単に捨ててもいいものとは思わないが、神から与えられた命でも、誕生した時点で、命の持ち主は人間本人である。

極論、その命をどうしようが、人間本人の勝手であろう。

市としては、命はそのような認識だ。

死を否定してはいけない。

命の扱いを決めるのは、命の“今”の持ち主である人間だ。

神に、命を守る権限はない。無論、例え市が同じ人間であってもない。親だったとしても。


「元気でね~」

市は大きく手を振りながら笑顔を浮かべる。

「うーん」

凛ちゃんも手を振り替えしてくれる。

最後に、大きな桜の木の幹に触れている。

昼であっても優しい光を帯びる桜の大木に御神気があると考えたのだろうか。

そうであったらこれだけで一稼ぎ(参拝客の人数の話。金に興味は別に、多分ない)できそうである。




凛ちゃんがあの後、自らの死を選んだのか、命を繋ぐことを選んだのか。

市は決して自ら知ろうとはしなかった。

彼女がどちらを選んだとしても、市は「そっか」と同じ返事をしただろう。

命は尊いものである。

が、それと同時に、二択しか選べない、不自由なものであろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る