第3話 酒の威力

いちは早々に神様装束を脱いでいた。

着替えたのは、巫女装束。せめてもの作業服だ。

同じ紅白基調であるし、髪の簪だけはそのままにしている。


神様には、それぞれ司る物事が存在する。

その中でも市は、華と芸を司る神として誕生した。

ある意味、植物寺の化しているこの風月寺の担当になれたことは縁なのかもしれない。

神様は司る物事について、他の神より優位な能力を有している。

それに則り、市は植物を自由に操ることが可能である。

管理の行き届いていない植物を整えることくらい、訳もない。

トンネルのように伸びた桜の木はそのままに、雑草などは粗方刈っていく。

デコボコした地面は整え、苔も生える部分を限定させる。

枯れてしまっている植物には、水と栄養を撒き、蘇生させる。

美しい植物を育てることは市の使命でもある。

なるべく自然のままにすることも市の植物に対する考えだ。


「うむ。山頂とはいいものだな。吹く風が気持ちよい」

市は本堂の屋根に座って風に当たっていた。

植物の手入れは一段落し、見た目だけならマシになっている。

温かい風に吹かれ、植物も気持ちよさそうに揺れている。

市は片膝を立てている。

先輩がいたならば確実にぶっ飛ばされる姿勢間違いなしだ。

屋根の傾斜に沿って足を投げ出しているだけなのだから、問題はない。(と思いたい)


「よーっ。元気してっかー?」

不意に、空から声が飛んできた。

市は格好をそのままに上を見上げる。

山頂である寺の上空からかかる声など、一種族しかいない。

「なんじゃ。冷やかしか?」

市がぶっきらぼうに返すと、かかるその声は笑いに変わった。

そのまま市の隣に降り立つ。


「田舎の無人寺に追いやられた同期がどうしてるか見に来たんじゃねーか」

青年だ。

が、神だ。

市の同期であり、風を司る神様。

「混合神がこんな辺鄙へんぴな場所に追いやられるって、人生不思議なもんだな」

いかにも悪気がなさそうに寺を見回す。


――混合神

市が華と芸の二つを司っていることを指している。

普通なら一つの物事を司る神が、二つの物事を司ることは少ない。

同時に、立場も高貴なものとなるはずなのだが、どうやら今回はその論理が通用しなかったようで、今この状況だ。


そら。お前の方は随分と余裕そうじゃな」

市が尋ねると、青年はにやっと笑った。

「当たり前だろー?俺はまだ研修中だし、大きな寺だから神力も上がるからなー」


――神力

神が崇高されるだけ増える力のこと。

寺を参拝し、祈りを伝える人間が多くなるほど、神としての力が大きくなる。

つまり、大きな寺を担当することはそれだけ大きな意味が伴うのだ。


「一人称と口調を正せという教えは、いつになれば改善するんじゃ?」

「うっ・・・。市までそれを言うなよ。それに、お前だって正装じゃねーし」

綺麗に市がカウンターを喰らう番だった。

神として、研修中には多くのことを学ぶ。


一人称、口調はその中でも初歩だ。

しかし、市のように年老いた口調をする神は今時少ない。

一人称は、わたしわたくしわれわしなど。一般に丁寧と感じられるものなら、選択肢は幅広い。

口調も、市の年老いた口調は今や時代遅れと感じられることもあり、丁寧な口調、と抽象的な設定に留められている。

が、俺と人間の少年のような口調は論外だ。


「ワシとか、のじゃとか言ってるけど、苦しくねーの?」

空はそのルールが窮屈と感じているらしい。

「ワシとて、ルールに則ってこうしているわけではない」

「自然に?」

「成り行きじゃな」

市の恐らく参考にならないであろう考えに、空は項垂れる。

「お前だって、正装ぐらいしろよ」

「これは作業着じゃ。何の問題もない」

市としては何もルール違反をしているつもりはない。

正装が重いことがいけないのだ。

「お前の正装派手だから羨ましいのに」



二人でやいやいと話す内に、時間は経っていた。

不意に、空が市にひょうたんを差し出す。

「土産」

「・・・大きい寺の連中は羨ましいのぉ」

ひょうたん入り、かつ土産となれば中身は十中八九酒だ。

彼はこうして、妙に各々の良い機嫌の取り方を弁えているため、こうして神の間でも可愛がられているのだろう。


「じゃあなー。神力不足で消えるなよ-」

「余計なお世話じゃ」

軽く手を振る空に、市も手を振り返す。

結局冷やかしに来ただけのようだ。

神にとって、同期という括りは重要なものではない。

同期であっても、すぐに優秀と認められる者もいれば、そうでない者もいる。

市と空は、同期であり、研修期も同列に並べられることが多かったため、交流が多かったのだ。




既に空は暗くなっている。

暗闇に、三日月が美しく輝いている。

市は、屋根の上で酒をあおった。

市の姿は神本来の姿となっても少女のそれである。

人間で言うならば学生程度であろう。

が、好物は酒である。

「月見酒ほど良いものはないな」

市は満足げに頷く。

人間とは違い、酔うという概念がないことは残念だが。


市は屋根から降りた。

そして、寺で最も大きな桜の木の下に立つ。

しゃらん、と下駄の鈴を鳴らすと、市は踊り始めた。

市の正装は、図ったように踊りに映えるそれになっている。

スカートの重なりが優しく揺れ、背中から伸びる服の一部は市の動きに遅れてくうを舞う。

芸と抽象的には表されているが、市の得意は舞だ。

その踊りには神の力が宿ると称され、これだけは他のベテラン神たちにも褒められる。



緩やかに、けれど何故か惹かれる、不思議な舞。

市の頭上の桜が僅かに光りを帯びた。

そして、暗闇に包まれる山道の影でも、一筋の光がかれた。

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